ひねくれ令嬢の婚活事情
融けゆく心
その日、オレリアは朝起きるとすぐに、外出用の身支度をさせられた。今日の予定は何もない筈だ。不思議に思い、いつもよりもいささか早い手つきでオレリアの長い髪にブラシを通しているハンナへ尋ねると、衝撃的な答えが返ってきた。
「先程、ヴェルネ家のマティアス様がご訪問なさると先触れがありましたのでお嬢様のお支度を、と奥様から命ぜられております」
ハンナはにこりともせず淡々と述べる。――ハンナの言う「奥様」とは、オレリアの母のことだ。
ハンナは困窮した家族を養うために、オレリアが幼い頃からスミュール家で母の侍女をしている。感情の一切を殺すことで理不尽な母の振る舞いに耐えているらしく、オレリアは彼女が笑うところを見たことがなかった。
オレリアはハンナの言葉に驚き、大きな琥珀色の瞳を限界まで大きく見開いた。
聞けば、オレリアのドレスを仕立てに、仕立て屋と共にやってくるらしい。この間のガーデンパーティで言っていた、オレリアを舞踏会に連れて行く、というのは本気だったようだ。
当日までオレリアに耳に入らなかったのは、恐らく母か叔母が対応していたからなのだろう。聞いてない、と額を押さえたくなる。
「それで、ヴェルネ様は何時にいらっしゃるの?」
「あと一時間後でございます」
「…………嘘でしょう……?」
オレリアの起床時間は一般的な貴族令嬢より少し早いくらいだ。起き抜けから身支度をしていて時間が経っているとはいえ、後一時間というのは訪問時間には早すぎる。
しかし、そんなことをハンナに言ったところでどうしようもない。オレリアはとうとう額に手を当て、はあ、と大きなため息をついた。