ひねくれ令嬢の婚活事情
血気に逸り、身じろぎもせず振り下ろされようとする扇をじっと見据えていたその時。ぱしり、と振り上げた母の腕が捕らえられた。
「スミュール夫人。扇が落ちてしまいそうですよ」
掴んだ母の腕を離しながら、マティアスがそう微笑む。勢いが削がれ、行手のなくなった腕を下ろした母は、不機嫌な様子で鼻を鳴らし「失礼いたしました」と吐き捨てるように言った。
オレリアもまた、ここが応接室であったことを思い出し、恥入り俯いた。母への抗議に後悔はないが、場が相応しくなかった。感情を曝け出すことは、たとえ格が落ちたと言えど貴族としてあるまじき行為だ。
「マティアス殿、お見苦しいところをお見せして申し訳ない。オレリア、マティアス殿をご案内して差し上げなさい」
「……分かりました」
叔父に促され、マティアスを見上げる。彼はいつものように微笑みを湛えていて、逆に表情を読み取ることができない。
ご案内します、と言いかけた時、マティアスはそれを制止し母へ向き直った。
「スミュール夫人。僕は確かに、オレリア嬢への求婚の許可をいただきたいと言いましたが、僕は彼女の意思を尊重するつもりでいます。結婚も、家を継ぐかも、無理強いをすることはありません。ただ、あくまで一般的な見解で申し上げると、短期間で当主がころころと変わるのは、色々と不具合が生じることが多いのであまりおすすめはしないですね」
にこやかに述べたマティアスは、母の返答を待つことなく、「では、失礼します」と、オレリアを伴い応接室を出た。