ひねくれ令嬢の婚活事情

 園内に併設されたカフェへ向かう途中、オレリアが「あ、」と微かに声を上げたのが聞こえた。さり気なくその視線を追ってみると、長椅子に座った紳士が新聞を読んでいた。新聞の一面にはリリアーヌの姿絵が描かれている。

 リリアーヌは先日隣国の王子と婚約を発表したばかりだ。恐らくその記事だろう。オレリアの視線は新聞に釘付けられたままだ。

「リリアーヌのことが気になる?」

 そう囁くと、驚いたようにオレリアが振り返る。ずっと見ていたことを指摘すると、難しい顔つきで視線を彷徨わせた後、あまり気乗りしない様子で重々しく口を開いた。

「…………リリアーヌ殿下は貴方をとても好いておられるようでしたから、この婚約に納得されているのかと気になっただけです」
「ああ……」

 確かにリリアーヌはマティアスへの好意を隠すことなく、それどころかとても分かりやすく示していた。それは幼い頃から変わらず、「マティアスのお嫁さんになる」と顔を合わせる度に宣言していた。歳が十も離れていることもありそれなりに可愛がってはいたが、それは妹としてだ。妻にするつもりは更々なかったため、いつも笑顔で躱していた。

 自身の婚約の話を知らされたリリアーヌは当初泣き喚いていたらしい。結婚相手はマティアスがいいという我儘を押し通そうと、彼女お得意の、部屋から出ないという籠城作戦を用いて抵抗していた。彼女の両親――王と王妃だが――はそんな娘の様子にほとほと困っていたが、マティアスが取り寄せた王子の姿絵を見た途端に、リリアーヌは打って変わって結婚を承諾したのだった。

「今はもう、早くお会いしたいって、そればかり言っているみたいだから大丈夫だと思うよ」
「…………そうなのですか?」

 怪訝そうにオレリアはマティアスを見上げる。それはそうだろう。リリアーヌの我儘のせいで、危うくマティアスがオレリアに振られかけたのはほんの三ヶ月前のことだ。心変わりが早過ぎるが、マティアスにとってそれはむしろ当然に思えた。

「リリアーヌが好きだったのは僕の見た目だけだからね。この間、いい加減我儘はやめろって叱ったら散々怒って泣いていたし、婚約相手の王子は美形と評判だから、もう僕には興味はないと思うよ」

 自分で言うのもどうかと思うが、マティアスはそれなりに端正な顔立ちをしている。線が細く、物腰柔らかなところが王子様然として見えるらしい。常に笑顔を絶やさないのはマティアスなりの処世術であるのだが、リリアーヌはそんなマティアスの姿を童話の中の優しい王子様と重ね合わせて憧れていたらしい。
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