ひねくれ令嬢の婚活事情

 ダンスホールへ向かい、彼の腕に手を添えたところで、マティアスはすっとオレリアの耳元へ顔を寄せてきた。

「自分が本来いる筈だった場所に他人が収まっているのを眺める気分とは、どういうものですか?」

 言っている意味が分からない。オレリアは眉をひそめ、失礼なことを言ってのけた男を見上げた。その視線が存外鋭くなってしまったのは致し方ないことだ。

 目が合ったマティアスは、ふわりと微笑みかけてくる。ただ、今のオレリアには侮られているように思えてならない。

 そして彼はちらりと斜め後ろに目をやった。彼の視線の先にはエレーナと王太子が同じようにワルツの姿勢をとっていた。

 程なくしてワルツの音楽が流れ始め、オレリアもマティアスに促されステップを刻む。彼は線が細いように見えて筋肉がついているらしい。オレリアの腰を支える腕は力強く、そして踊りやすいようにリードをしてくれる。だから尚のこと目の前の男の思考が分からない。

「貴女はクロード殿下の妃の第一候補と言われていたでしょう?嫌がらせも功を奏さなかったようですし、残念でしたね?」
「嫌がらせ?ああ……そういえば、私はエレーナ嬢に毒を盛って高熱をひきおこしたり、馬車に細工をして彼女を殺そうとしたらしいですね。私もこの間初めて聞きました。なんでも流行りの歌劇に出てくる悪役のご令嬢にそっくりだとか」

 それは根も葉もないくだらない噂だった。没落寸前でクロードとの婚約話も立ち消えたオレリアが、寵愛を受けるエレーナに嫉妬し彼女を亡き者にしようと画策した、というものだ。

 叔母からその話を聞いた際は、実に想像力が豊かなものだと鼻で笑いそうになった。オレリアが王太子妃の第一候補というのは単なる噂でしかなかったからだ。

 オレリアの淡々とした反応が意外だったのか、マティアスはぱちくりと瞬きをすると小首を傾げた。その仕草も様になっていることが、妙に腹立たしい。

 普段あまり感情を揺らす事のないオレリアは、自分の内にふつふつと湧き上がる怒りに最早疲れを覚え始めていた。
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