ひねくれ令嬢の婚活事情
屋敷に戻り、自室の化粧台で髪を梳かしながら思い出すのはマティアスのことだ。あんなにも感情をかき乱されたのは、父が死んで以来だ。風呂に入り、ささくれ立っていた感情も一緒に流されたのか、冷静な思考を取り戻すことができた。
彼はオレリアの噂の真偽を確かめるために近付いたのだと言っていた。考えるまでもなく、その依頼をしたのは王太子だろう。将来の王太子妃に危害が加わる可能性を排除したいと思うのは、当然の心理のように思う。
マティアスが妙に突っかかってきたのも、オレリアの本性を暴くためだったからかもしれない。だからと言って、あの無礼な態度をすぐに水に流すことはできそうにないが。
だが、そんな心とは裏腹に、オレリアの可愛げのない態度を好きだという言葉が頭にこびりついている。マティアスにとっては戯言にすぎないだろうが、容姿以外を誰かから肯定されたのは初めての経験だった。あんなにも些細な言葉が心に残るほど、自分は誰かに認められることに飢えているのだろうか。
その時、背後から扉が開く音がした。この部屋へ我が物顔で入ってくるは一人しかいない。オレリアは振り返ることもせず、鏡越しにその人物を見つめた。
「お母様、何のご用ですか」
母は自ら髪の手入れをする娘を苛立たしげに睨め付けながら、オレリアの背後に立った。
「こんなことはハンナにやらせなさいといつも言っているでしょう」
ハンナとは母付きの侍女だ。使用人を減らした関係で、オレリア専属の侍女はいない。そのため、必要な時はハンナの手を借りることもあったが、この一年で自分でできる些事は自分で行うことにしていた。
だが、未だに過去の栄華に執着している母は、オレリアが自らの手を動かすことをひどく嫌っていた。
母に家の現状を説明しようとも徒労に終わることは目に見えている。オレリアは仕方なく髪を梳かす手を止め、母の言葉の続きを待った。