あなたの世界にいた私
「10分したら戻ってきて。来なかったら、見に行くから」
「うん」
その言葉を後に、公園に足を踏み入れた。
そして、いつも座るベンチに腰掛ける。
雪斗くんの姿はまだ見えない。
あの日、しんと静まり返った場所に、
音もたてず私の視界に入ってきたのは、雪斗くんだった。
初めて会った日は、雪が降っていた。
この静かさが心地よく、そっと目を瞑る。
「…雪乃?」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには前に会った時とは、
また雰囲気が違った雪斗くんが立っていた。
会うたび、アイドルだなと思わされる。
「…久しぶり」
私が頷くと、いつものように雪斗くんは、私の隣に座った。
「雪乃」
「何?」
「僕、デビュー決まったよ」
そう言って、笑顔を向けてくる。
でも、その笑顔はどこか悲しそうに見えた。
だから、“おめでとう”ってすぐには言えなかった。
「…………何かあったの?」
私がそう言うと、雪斗くんは一瞬驚いた気がした。
「あ、ごめんね。言いたくなかったら、全然言わなくてもいいから」
「違うよ。言いたくないとかじゃない。
………僕はデビュー出来るんだけど、一緒にデビューできると思っていた
練習生が、メンバーから外されたんだよね。だから、悔しくて」
そう言う雪斗くんは、本当に悔しそうだった。
そんな雪斗くんに、なんて言葉を掛ければいいのか私には分からなかった。
「でも、僕はデビュー決まったから、出来なかった子の分まで頑張ろうって思ってる」
掛ける言葉は、見つからなかったけど、
私が思っている以上に雪斗くんは、強いと思う。
だから、私からの慰めの言葉なんていらなかったと思う。
「雪乃は?何か言いたそうな顔してたけど」
「………」
一番言いたかった言葉があったはずなのに、それを言ってしまえば、全てが終わる気がして、
それが怖くて、何も言えなかった。
「雪斗くん、デビューおめでとう」
でも、これだけなら今の私にでも言えた。
「ありがとう。雪乃に出会った日、僕、結構きつかった時期でさ。
でも、雪乃に出会って、僕の一番目のファンになってくれたから、頑張ろうって思えたんだよね」
雪斗くんがそう言った時、少し胸が痛んだ。
雪斗くんは私の苦しみに気付いてくれたのに、私は何も気づけなかったから。
「だから、雪乃。
あの日、僕と出会ってくれて、ありがとう」
その言葉に、私は首を横に振る。
「違うよ、雪斗くん。助けられたのは、私の方だよ」
今なら言える気がした。