あなたの世界にいた私
「雪乃、これからもよろしくね」
そう言って、手を差し出してきたけど、もちろんそれに応えることなんて出来なかった。
「…ごめん…雪斗くん、ごめんね」
私はそう言って、雪斗くんに背を向けて歩き出した。
もう、きっと会えない。
だったら、自分から離れればいいんだ。
それに、雪斗くんは、デビューが決まった。
だから、これ以上は会うのも控えた方がいい。
それに、なによりも、病気のことを知られたくなかった。
これ以上雪斗くんに関われば、いつかきっとばれてしまうから。
そう思っていたのに、神様がいるのだとすれば、本当に意地悪だ。
真っ直ぐ歩いていたはずなのに、目の前の視界がグラッと傾く。
「雪乃⁉」
後ろから私の名前を呼ばれたのと同時に、足音が近づいてくる。
「雪乃⁉大丈夫⁉」
「…大丈夫、大丈夫。…ちょっと貧血かな」
そう言って、起き上がろうとするのに、体は全く言うことを聞いてくれなかった。
ここ最近、まともに食事を取っていなかったからだろうな。
「ちょっとそこごめんね」
その時、私と雪斗くんの間に入ってきたのは、優真先生だった。
「雪乃ちゃん、吐き気ある?」
先生は私の手首を掴んで脈を測りながら、質問した。
いつものように、何一つ取り乱すことなく。
「…ない」
「すぐ病院戻るよ」
先生がそう言うと、フワッと体が宙に浮いた。
「…病院に戻るって…」
さっきまで黙っていた雪斗くんが、何かを察した様に視線を向けてきた。
「…僕も行きます」
「大丈夫だよ、雪斗くん。…私は、大丈夫だから」
「でも…」
お願い、雪斗くん。
…来ないで。
これ以上、弱い姿を見せたくないから。
だから、安心させたくて、今できる精一杯の笑顔で微笑んだ。
「…またね」
先の約束なんてできないのは、自分が一番分かっていたはずなのに、
気付けば、自分から、“またね”と言っていた。
「うん、待ってる」
雪斗くんがそう言ったのと同時に、先生は歩き出した。
雪斗くんは、私たちが乗った車が見えなくなるまで、その場に立っていた。
その姿は、今までに見たことがないぐらい、悲しそうな気がした。