あなたの世界にいた私
どうしてかと聞かれれば、分からない。
でも、
彼は私に何があったのかを
無理に聞こうとしなかった。
そんな彼に、
私を知ってもらいたいと思ってしまった。
誰かに話してしまえば、
頼ることが出来るなら、
少し楽になるかもしれない。
でも、反対に、
彼を苦しめてしまうかもしれないから、
結局何も言えなかった。
「じゃあ、僕は帰るね。
雪乃も早く帰りなよ」
そう言って、
走っていく姿が見えなくなる瞬間、
コートを借りていたことを思い出した。
「あ!待って!」
でも、私の声が彼に届くことはなかった。
「…名前、何ていうんだろう?」
結局、名前も聞けなかった。
もう、会わないでおこうと思っていたのに、
コートを返さないといけなくなってしまった。
この時の私は、
彼に人生を変えられるなんて
思ってもいなかった。