あなたの世界にいた私
先生が言った言葉を理解するのに、
ずいぶん時間がかかった。


いや、時間をかけても理解できなかった。



ただ、何も考えず病院の廊下を歩いて、集中治療室に足を踏み入れ、意識がないお母さんのベットの前まで来た。




「交通事故に巻き込まれたそうだ。頭を強く打ったから、意識が戻るかは分からない。……このまま、もう…」



「…目覚めないこともある…でしょ?」




先生の方を向かずに、
お母さんの方を見たまま、口が勝手に開く。



眠っているお母さんの姿は、痛々しかった。

いろんな機会に繋がれていた。




「……お母さん………お父さんのとこに…行っちゃうの?」



目の前の視界が滲んではっきり見えない。



一度瞬きをすると、涙が溢れて、
頬にいくつも伝っていく。




熱が高く、まともに歩けない足をなんとか前に、一歩一歩お母さんに歩み寄る。




「………置いていかないで…





…私を…1人にしないで…」 





そう言って、
お母さんの手を今出せる精一杯の力で握る。




「…また、一緒にリンゴ食べよ?






…お願いだから、目を覚まして…お母さん‼︎」





病院では静かに。
と小さい時から何度も言われてきた。



でも、この時は何も考えず、ただお母さんに聞こえるように何度も呼びかけた。





「…はぁ、はぁ……」






「雪乃ちゃん?」





「…離して‼︎



…はぁ、はぁ、はぁ」




呼吸が荒くなる私に気づいた先生が、
私の身体を支えた。



でも、お母さんから無理矢理、
離されそうで先生の腕を払ってしまった。




「……雪乃」





「!?…お母さん…?」






小さな声で私の名前を呼ぶのは、
間違いなくお母さんの声だった。


< 44 / 207 >

この作品をシェア

pagetop