その涙が、やさしい雨に変わるまで
 そのヒアリングで三琴が素直に脩也とのことを認めれば、瑞樹だってけんか腰のような態度にはならなかっただろう。
 だが、いかにも脩也のことはすべて偶然の結果といわんばかりの三琴の釈明に、もう瑞樹は無性に腹が立ってきた。
 あんなふうに隠されたら、やましいことをしているといっているようなものだ。

 瑞樹としては、兄よりも三琴の再就職のことを懸念していた。業務過多を理由に辞める三琴のことが、当初は上司として責任を感じていた。
 そこに兄の件が加わって余計な感情が入り込む。振り回される。本当はもっと上手に会社義務を装って、再就職先を探るつもりだった。そう、こんなふうに。

――会社都合でない退職だから、原則、再就職斡旋はできない。でも今までの勤務に対して何らかの形で報いたいと思う。

 入院中は、美沙希とともに議事録を隅から隅まで見直して、忘れた記憶を補完していった。それでも記憶の抜けが、業務復帰してからひとつ、またひとつと出てくる。それをサポートしてくれたのは、業務現場に一緒にいた秘書の三琴だった。

 過去の業務のことは、どうしても部外者の美沙希ではわからない。でも当事者の三琴は違う。先読みして資料をそろえ、議事録に未記載だった事項も補足する。痒い所に手が届くとは、こういうことかといわんばかりに。
 過去の自分だけでなく、現在の自分にとっても三琴はなくてはならぬ完璧な部下であった。
 こんな感じでプライベートは美沙希が、パブリックでは三琴がバックアップして、瑞樹はこの一年間を回すことができたのだった。だが……

――瑞樹さん、あなた、何も知らないくせに!
 知らないといわれて、無性に悔しいものが込み上げてくる。記憶の欠如はまだ完全に埋まっていないことを指摘されて、図星だった。

 でも、こちらだっていいたいことがある。
 松田さん、あなただって知らないだろう! 僕がどれだけ記憶の欠如でストレスを抱え、身体状態もボロボロになって苦しんでいることを。君にみせていたのは、僕のごく一部分だ。

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