その涙が、やさしい雨に変わるまで
(結婚とはそれなりに相手に責任を持つということで……祝福されて、幸福の絶頂で……でもその裏側で、そのことに一抹の不安が全くないということはないとしても、それ以外のことでこんなにも悩まされていて……)

 帰宅の車中で揺られながら、瑞樹は思う。
 自分が考えていた結婚と、実際の結婚はずいぶん違う。むしろ、面倒くさい。そのひと言に尽きる。

(ああ、これが、マリッジブルーってやつか?)
(あれは女性が陥るものであって、男の僕がそれになるなんて……)

 不愉快な感情の名称が見つかったが、やはりため息しかない。
 悶々とした正体不明の感情を瑞樹が持て余していれば、スマートフォンが蠢いた。母からのメッセージである。
 そこには、来月に前撮りをするから週末に時間を空けておくようにとある。今月末の株主総会が終わるのを待っての、スケジューリングの指示だった。

 前撮りをするということは、事前に衣装合わせがあるかもしれない。式当日のブーケは、美沙希が希望するフローリストを押さえてあるが、この前撮りでも予約していそうだ。
 週末を空けておくようにといわれたが前撮りの内容をざっと推測すれば、四週ある一週だけで終わりそうにない。もしロケーション撮影を入れたいとなれば、天候のことを考えて予備日が必要かもしれない。

 先に結婚していった友人らから話はきいてはいたが、こんなにも式準備が大変だとは。来月の休日が式準備一色になることに軽く目眩がしてくる。

――あなたは、これから美沙希さんと結婚するのでしょ!
――辞めていく私のことなんて、もうどうだっていいじゃないですか!

 またしても三琴の言葉が脳裏に甦る。

(結婚するんだ、僕は)
(美沙希さんと結婚するんだ)
(松田さんとではなく、美沙希さんと)

 車の振動が消えて、ドライバーから「到着しました」の声がかかる。車窓外をみれば、自宅前である。そびえ立つタワーマンションが堂々としていて、夜の帷が下りてもその存在感は薄らいでいない。

 副社長専用車を返し、タワーマンションのグランドフロアへ足を踏み入れた。と同時に、またもや瑞樹のスマートフォンが蠢いた。
 グランドフロアロビーで確認すれば、今度は美沙希からである。来月の週末とは別に時間を取ってほしいというものであった。
 式準備のときでもいいのでは? とも思ったが、母が隣にいてはできない相談だろうか?

 業務の緊急案件でないことにほっとして、瑞樹はマンションエレベーターへ乗り込んだ。
 
< 104 / 187 >

この作品をシェア

pagetop