その涙が、やさしい雨に変わるまで
テラスエリアに瑞樹以外誰もいなければ、プライベートガーデンもそうだった。
時間的に散策が不適当というわけではないが、あえて雨が降り出しそうなときに庭に出る人は多くない。花色も冴えないし、足元だって前日の雨できれいとはいい難い。
テラスから一歩踏みだし、常緑樹の背の高い生垣を抜ける。緑のスクリーンの向こう側は緩やかな下り勾配で、ここから紫陽花の庭がはじまる。
広くて浅い石の階段が、適度なカーブを描き下へ下へと伸びている。階段横には大きな庭石、小さな庭石、また大きな庭石と不規則に石が配置されて、そのすき間を埋めるように紫陽花が咲いていた。
階段を降りるたびに、庭石で曲がるたびに、いろいろな種類の紫陽花に出会う。気になるところで足を止め、三琴は豊かな花の表情を楽しんだ。
(やっぱり、ベストシーズンよね)
(付き合いはじめは春で、そのときは若葉が生え始めた茶色い枝の塊だったけど、三ヶ月でこんなに立派になるなんて)
(あ、あの白い紫陽花、きれい)
尖った花びらの紫陽花の前で、再び三琴は足を止める。多重の小ぶりな花が四方八方に飛び散っていて、線香花火のよう。花を愛でて、さりげなく後ろを振り返れば、瑞樹はちゃんと三琴のことを追いかけてきていた。
足の止まった三琴の隣に、瑞樹が立つ。傍からみれば、紫陽花を観賞するカップルができていた。