その涙が、やさしい雨に変わるまで
「白だけど、ほんのり紫が入っていてきれいですね。八重だからベゴニアのようにもみえて、華やかさが全然違う」
「四枚の花びらでないし、色も青くない。同じ種類の花だとは思えないな」
外部では花好きの御曹司で通っている瑞樹だが、実はそうではない。ブーケを持ち帰ると三琴が喜ぶから、そうしていただけ。それを周りが勝手に勘違いして、三琴が秘書でなくなったあともそのまま「花好きの副社長」となっている。
これを知っているのは、三琴のみ。でも近いうちに美沙希も知ることになるだろう。
この瑞樹の秘密を自分だけが知っている、今だけはその優越感に浸っても許されるかなと三琴は思う。本題の前に庭散策を提案したのも同じ気持ち。瑞樹を独り占めにできる最後の時間だから。
「男の人のお花の感想なんて、そんなものですよ……え! 何の音?」
三琴のセリフが終わる前に、ぱちゃりと水音がした。何かかが水の中に落ちたような音だ。音は、ひときわ大きな紫陽花の株の向こう側からきこえてきた。
「この先に池がある。鯉が跳ねたのかもしれない。確か、池の対岸がモミジの庭だ」
驚く三琴とは対照的に、冷静に瑞樹は音の正体を推測する。ついでにプライベートガーデンの道案内もする。
池の対岸がモミジの庭だ――この瑞樹のセリフ、初デートのときにもきいた。
あのときは天気もよくて、ホテル本館反対側の桜の庭から花見客の喧騒が漂ってきていた。どこか軽くて賑やかな空気であった。
今みたいに鯉が跳ねたとしても三琴は気がつかなかっただろう。春のモミジなら人がいなくて隠れるのには持ってこいねと、ふたり顔を合わせて言い合いっこしたのだった。
静かな静かな紫陽花の庭、正真正銘、今はふたりだけの時間で空間だと三琴は再認する。ここで最初のときと同じセリフをきくことに少し寂しいものがあるが、瑞樹との最後の時間は大事にしたい。
「今は初夏だから、モミジは赤くはないですね。それでも池に映ったところをみてみたいです。よろしいですか?」
調子に乗って、わがままをいってみる。この三琴の希望に、瑞樹はうなずいた。
「四枚の花びらでないし、色も青くない。同じ種類の花だとは思えないな」
外部では花好きの御曹司で通っている瑞樹だが、実はそうではない。ブーケを持ち帰ると三琴が喜ぶから、そうしていただけ。それを周りが勝手に勘違いして、三琴が秘書でなくなったあともそのまま「花好きの副社長」となっている。
これを知っているのは、三琴のみ。でも近いうちに美沙希も知ることになるだろう。
この瑞樹の秘密を自分だけが知っている、今だけはその優越感に浸っても許されるかなと三琴は思う。本題の前に庭散策を提案したのも同じ気持ち。瑞樹を独り占めにできる最後の時間だから。
「男の人のお花の感想なんて、そんなものですよ……え! 何の音?」
三琴のセリフが終わる前に、ぱちゃりと水音がした。何かかが水の中に落ちたような音だ。音は、ひときわ大きな紫陽花の株の向こう側からきこえてきた。
「この先に池がある。鯉が跳ねたのかもしれない。確か、池の対岸がモミジの庭だ」
驚く三琴とは対照的に、冷静に瑞樹は音の正体を推測する。ついでにプライベートガーデンの道案内もする。
池の対岸がモミジの庭だ――この瑞樹のセリフ、初デートのときにもきいた。
あのときは天気もよくて、ホテル本館反対側の桜の庭から花見客の喧騒が漂ってきていた。どこか軽くて賑やかな空気であった。
今みたいに鯉が跳ねたとしても三琴は気がつかなかっただろう。春のモミジなら人がいなくて隠れるのには持ってこいねと、ふたり顔を合わせて言い合いっこしたのだった。
静かな静かな紫陽花の庭、正真正銘、今はふたりだけの時間で空間だと三琴は再認する。ここで最初のときと同じセリフをきくことに少し寂しいものがあるが、瑞樹との最後の時間は大事にしたい。
「今は初夏だから、モミジは赤くはないですね。それでも池に映ったところをみてみたいです。よろしいですか?」
調子に乗って、わがままをいってみる。この三琴の希望に、瑞樹はうなずいた。