その涙が、やさしい雨に変わるまで
 つづら折りの道を下り、ふたりで池へ向かう。瑞樹がこっちだといい、そちらへ進めば紫陽花のすき間からベンチのある池のほとりへ出た。
 目の前に、鈍い深緑色の池が広がっている。曇り空の薄暗い中、対岸のモミジが同系色の緑であれば、水面も三琴が期待したような鏡面でもないし葉も映っていない。

「山紫水明なんて、よほどのことなのね。ちょっと残念」
 期待外れで終わったと思いながら足元をみれば、黒い物体が蠢いていた。丸々と太った鯉である。見事な体格の鯉に三琴は目が丸くなった。
 鯉は人影をみても、逃げていかない。むしろ寄ってくる。

「餌をくれると思っているのかしら?」
「かもしれない。それにしても、太りすぎだろ、ここの鯉」
「いいものを食べているみたいですね。あ、まただ!」

 再びぱしゃんという音がした。少し離れたところで別の鯉が跳ねて、水面に波紋が広がっていく。姿がみえず音だけのときは奇怪な感じがしたが、目の前で目撃すれば「なぁんだ」という感じである。

「本当に、あの音は鯉だったんだ。瑞樹さんのいうとおりだった」
 奇音の正体がわかり三琴はすっきりした。
「三琴は、そういうの、少し大げさなところがあるからな」
 仕方がないなといわんばかりに瑞樹がいう。

「些細なことでも、やはり正体不明だと怖いです」
「いい心がけだ。気になることは、その都度対応が基本! 放っておくと大変なことになることもある」
「そうですね。いつも早め早めの瑞樹さんでした」

 足元の鯉は、ふたりから餌をもらえると思っているらしい。はじめは三匹であったのに、人の話し声をききつけて、わらわらと集まってきた。

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