その涙が、やさしい雨に変わるまで
 依然、池のほとりで佇んだまま、狭い傘の下に三琴と瑞樹はいた。
 雨は降り続く、ざんざんと。傘の外に出ようものなら、そうさせまいと雨粒が邪魔をする。
 いいものがみれただなんて意外な彼の回答をもらい、三琴は思わず首を傾げて瑞樹の顔をみた。すぐそばに瑞樹の顔があった。副社長ではない、恋人の瑞樹の顔が。
 気がつけば引き寄せられた肩はすっかり包み込まれていて、三琴は瑞樹の腕の中にいた。

「その驚いた顔は、相変わらず可愛いな。緊張感が抜けたときの三琴は優しい顔になるんだけど、今日みたいに髪を下ろしていれば、その優しい顔のほうが素なんだな」
 腕の中に三琴を閉じ込めて、その三琴を見下ろして瑞樹がいう。
「瑞樹、さん?」
「それに、今日の服もいい。社でビシッと決めた姿も緊張感があっていいんだが、明るい色のワンピース姿も魅力的だ」

 今日のワンピースのことを褒められて、三琴は目が大きくなる。
 このワンピースは、はじめてのデートのときに着た服だ。瑞樹と会うと決めてから、クローゼットをひっくり返すような勢いで三琴は服を探した。
 そして悩みに悩んで選んだのは、このワンピース。最後の邂逅の場所が最初の場所であるのなら、服だってそうしてもいいのではと、思い切ってそれに決めたのだった。
 今の瑞樹の言葉の中に、初デートのワンピースの記憶は一切ない。でも初デートのときの言葉、よく似合っていると告げる瑞樹がいる。記憶をなくしても、同じことを口にして三琴を愛でる瑞樹がいた。

「瑞樹……さん」
 雨は降り続く。傘が作る狭い空間にふたりを閉じ込めたまま、勢いは変わらない。
「三琴」
 空いていた瑞樹の手が、傘を持つ三琴の手を包む。ふわりと瑞樹の匂いが鼻奥を擽ったと思ったら、至近に瑞樹の顔。
 そっと三琴の唇が塞がれたのだった。
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