その涙が、やさしい雨に変わるまで
 触れる唇が温かい。三琴の肩を抱く腕と同じ。雨の空気の冷たさと対照的であれば、心安らいでゆく。
 一度、唇が離れる。だがその距離は、すぐにキスが再開できるもの。もう永久にもらえないものだと思っていたからひどく嬉しくて、同時にひどく名残惜しい。
 瑞樹さんともっと一緒にいたい、心はそう叫ぶ。体はその心に従順で、三琴は力を抜いて瑞樹の胸元へ身を任せていた。

「三琴」
 かつての恋人が、呼びかける。三琴を射抜く彼の瞳は熱い。
「はい。瑞樹さん」
 かつて恋人に呼ばれたときのように、三琴は返事をする。瑞樹と触れるところすべてから、瞳と同じ熱をもらう。雨の中のうすら寒い空気から、三琴は瑞樹に守られていた。
「三琴」
 もう一度、耳元で自分の名がささやかれる。頬に当たる愛しい人の息遣いだって、温かい。好きな人にこうされたら、もうだめだ。腰回りがぞくりとする。
「瑞樹さ……」
 愛しい人の名を最後まで告げる前に瑞樹の瞳が近づいた。抵抗などできず、再び唇が重なった。

 二度目のくちづけは、先の軽いものと違う。しっかりと唇を押し付けて、こすり合わせる。挨拶のキスなんてものじゃない、これはお互いの愛情を確かめるための、しっかりとした深いもの。
 向きを変えて、何度も触れる。息継ぎで離れても、すぐに唇はお互いを求める。唇だけなく頬にもキスを落とし、瑞樹の唇は三琴を慈しむ。
 肩に回された腕が、もっと三琴を抱き寄せた。空いていた瑞樹の残りの手は、傘を持つ三琴の手を包んで離さない。こうなれば、もう拘束されたといっていい。すっかり捕らえられた三琴ができていた。

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