その涙が、やさしい雨に変わるまで
 しっかり三琴を捕捉して、瑞樹の唇は思う存分、三琴を愛でていく。唇から頬へ、頬から額へ、額からこめかみへ。再び元の唇に戻ってくれば、もう迷うことはないといわんばかりに舌が挿し込まれた。
 半開きの状態で、お互いの口唇を噛み合わせるようなキスをする。もらうばかりだったけれど、瑞樹の誘いに応じて三琴からも舌を差しだす。強く吸われて、甘嚙みされる。三琴の口の中で二枚の舌が戯れた。

 雨は降り続く。池の水面を波立たせ、庭の紫陽花の葉を揺らす。
 誰もいない、誰もこない、誰も邪魔しない紫陽花の庭――その庭で、ひとつの傘の下で身を寄せ合う。
 ずっとこの時間が続いてほしい。終わりなど永久にやってこなくていい。この瞬間のまま、時間が止まればどんなに幸福だろうか?
 でも、現実はそうではない。時間は刻々と過ぎていくものだし、終わりは必ずやってくる。

(美沙希さん、ごめんなさい)
(でもこれで、最後にできる。素敵な思い出を作ることができたから)
(あとは美沙希さんにお願いするわ)

 息苦しくなって、三琴は顔を背けた。自由になった唇から、新鮮な空気を大きく吸い込む。
 くちづけを交わす間にうっすらと涙が浮かんできていた。それは軽い呼吸困難による涙であれば、愛されることへの喜びの涙でもあり、美沙希への罪意識の涙でもあった。それを、深呼吸しながら強く目を閉じて消していく。
 瑞樹の胸元に額をつけて俯き、三琴は息を整えた。三琴を抱いたまま、瑞樹もそうする。

 雨の音だけが鮮明で、沈黙が場を支配する。それは不思議な不思議な沈黙で、あのギクシャクとした夕方のヒアリングのときとは全然違う。
 ゆっくりと三琴の中に、冷静さが戻っていく。冷静になれば、時間が迫っていることも充分に意識できた。
「副社長、申し訳ありません。傘を、持っていただけますか?」
 今が「知らないこと」を告げるときだと、三琴は切り出した。

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