その涙が、やさしい雨に変わるまで
(え? 瑞樹さん?)
(でも、他人のように断ってきたし)
(他人の空似?)

 見つめる三琴の視線が不愉快であったのか、隣の人物は三琴へ振り返り、
「何か?」
と、不審そうに問い質す。
 カジュアルダウンしたジャケットとスラックス姿の彼は、いかにもこれから長時間フライトに向かうという感じである。纏う空気は海外出張に出るエリート会社員そのもので、これは三琴が秘書時代に馴れ親しみ、よく知っているもの。

「申し訳ありません。知り合いととてもよく似ていたので、びっくりして……」
 慌てて謝罪し、三琴は視線を逸らす。
 この彼が瑞樹に姿かたちだけでなく声も似ていれば、完全に三琴は虚を突かれてしまった。人違いされた人物にすれば、不愉快極まりないだろう。
 三琴は三琴で、冷静になって考える。ここに瑞樹がくることはあり得ないと。だって、脩也が瑞樹の兄であったとしても、その兄の見送りにわざわざくるようなことはしない。彼はそんな暇な副社長ではないのだ。
 そうこれは他人の空似だと、纏う空気がエリート社員っぽいものだから錯覚したのだと、三琴はしっかり自分にいいきかす。

 ところがこの三琴の努力をあざ笑うかのように、こう声は続いた。
「もう退職した会社のことを忘れたのか? 元秘書は薄情だな」
「!」
 そう、三琴の隣に座った人物は瑞樹であった。恋人だったときのような口調で、三琴のことを軽くなじったのだった。

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