その涙が、やさしい雨に変わるまで
本を閉じて、三琴は瑞樹に向き合った。
「お人が悪いですね、ご本人だなんて。試されていたなんて思ってもみませんでした」
正体をばらして自分のことをからかう瑞樹に、三琴だって反撃する。もう三琴は『黒澤グループ』の社員でないのだ。上司部下の枠を取り払って接してもいいだろう。
少々馴れ馴れしい三琴のいい様だが、瑞樹は特に気にしない。二年前の恋人だったときの口調で受けて答える。
「あまりにも知らん顔だったから、ちょっとからかってみた」
「だって、あんな尋ね方をされたら……悩みますよ」
「そうだな。三琴は、そういうの、大げさなところがあったな」
このセリフが、とくんと三琴の心に響く。
デルリーン・リッツ&コートヤードの紫陽花の庭で、鯉が跳ねた。その水音に驚いて警戒した三琴へ、そう瑞樹がいったのだった。再び同じ指摘をされて、三琴はどうも面はゆい。
それに三琴の退職日に、瑞樹は出張に出ていて社にはいなかった。本来なら退職の挨拶に伺うのが筋だろうが、いない人には挨拶できない。三琴は、総務部長や秘書室長、本多によろしくお伝えください程度の言葉を口にしただけだった。
最後に顔をみれなくて残念なような、でも会えば紫陽花の庭のキスを思い出して恥かしいのもあれば、「知らないこと」を誤魔化した後ろめたさもある。それらが全部綯い交ぜになって複雑な気分だったから、むしろ瑞樹が社外に出ていてほっとしたのを覚えている。
その感情が、今また復活するなんて……
「それにしても、なんだその大きな鞄は? もっとコンパクトにできるだろう、いかにも田舎から出てきた『おのぼりさん』じゃないか」
「お人が悪いですね、ご本人だなんて。試されていたなんて思ってもみませんでした」
正体をばらして自分のことをからかう瑞樹に、三琴だって反撃する。もう三琴は『黒澤グループ』の社員でないのだ。上司部下の枠を取り払って接してもいいだろう。
少々馴れ馴れしい三琴のいい様だが、瑞樹は特に気にしない。二年前の恋人だったときの口調で受けて答える。
「あまりにも知らん顔だったから、ちょっとからかってみた」
「だって、あんな尋ね方をされたら……悩みますよ」
「そうだな。三琴は、そういうの、大げさなところがあったな」
このセリフが、とくんと三琴の心に響く。
デルリーン・リッツ&コートヤードの紫陽花の庭で、鯉が跳ねた。その水音に驚いて警戒した三琴へ、そう瑞樹がいったのだった。再び同じ指摘をされて、三琴はどうも面はゆい。
それに三琴の退職日に、瑞樹は出張に出ていて社にはいなかった。本来なら退職の挨拶に伺うのが筋だろうが、いない人には挨拶できない。三琴は、総務部長や秘書室長、本多によろしくお伝えください程度の言葉を口にしただけだった。
最後に顔をみれなくて残念なような、でも会えば紫陽花の庭のキスを思い出して恥かしいのもあれば、「知らないこと」を誤魔化した後ろめたさもある。それらが全部綯い交ぜになって複雑な気分だったから、むしろ瑞樹が社外に出ていてほっとしたのを覚えている。
その感情が、今また復活するなんて……
「それにしても、なんだその大きな鞄は? もっとコンパクトにできるだろう、いかにも田舎から出てきた『おのぼりさん』じゃないか」