その涙が、やさしい雨に変わるまで
 例の『知らないこと』に触れられて、三琴はどきりとする。だがその内容は、三琴の思っていたものとは違っていた。
 ありがとう――この瑞樹のひと言がとても心に染みる。
 秘書のときにもたくさんもらっていた言葉だが、今回は特にじんとくる。悩んだ末に菱刈のことを思ってデルリーン・リッツ&コートヤードへいったのは、正解であった。
「いえ……どういたしまして」
「ところで、菱刈さんの『知らないこと』は解決したとして、三琴のいう『知らないこと』はまだきいていない。教えてもらえるのかな?」
 再び、三琴の心臓が爆発した。

 一件落着したかと思っていたのに、そうなっていなかった。三琴としては「知らないこと」はひとつ(・・・)のつもりであったが、瑞樹はそう取っていなかった。
「あ、あれで、ぜ、全部です。あれ以外に、ありません!」
 動揺丸出しの声で、三琴は答えてしまう。
「そうか? あとで考えれば考えるほど矛盾点が出てきて、僕としてはまだ「知らないこと」があると思うのだが、どうなんだ?」
 どうなんだもこうも、それはずばりの真実である。
 喧嘩をする相手を間違えた――こんな瑞樹の切り返しに、菱刈の案件に差し替えるだけでは不十分だったと三琴は後悔する。
「その『もうひとつの知らないこと』を、是非とも教えてもらいたいんだが、……」
 ちらりと瑞樹が三琴へ意味ありげな視線を投げかければ、もう借りてきた猫のように三琴は微動だにしない。目が泳ぎ、背中に嫌な汗をかいていた。

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