その涙が、やさしい雨に変わるまで
「思い出したって、何を?」
 二回目の付き合ってもらえないだろうかの言葉に、三琴の胸は希望でいっぱいになったが、すぐにそれはシュルシュルとしぼんでいく。
 やはり瑞樹の記憶は戻っていなかった。

「三琴、僕は記憶を忘れたままで、変わりない。事故から一年以上経てば、もう思い出すことはできないと思う。記憶がないから秘書時代の三琴のことで覚えてない部分はある。それでも三琴と正式にお付き合いをしたいと思う。婚約破棄された男が時間を空けずに別の女性に求愛するなんて、図々しいにもほどがあるのはわかっている。それでも、三琴とは今日を限りで最後になるかもしれないと思えば、諦めることはできなかった。まぁ、勝手な男の言い分だ。返事はいつでもいいよ。引っ越しで忙しいだろうから」  
 一方的にまくしたてると、瑞樹はスッキリした表情になる。会議でいいたいことをすべて告げたあとの、よく知るあの顔と同じであった。
 そして今度こそフランクフルト行きのフライト搭乗口へ向かって、瑞樹は歩き出した。

――美沙希さんとは婚約解消した。解消理由は、性格の不一致ということでお互い同意したよ。
――極めて勝手で、傲慢であるのを承知してお願いする。僕と、付き合ってもらえないだろうか? もちろん上司部下など取り払って、一社会人としてのお付き合いということで。
――僕は記憶を忘れたままで、変わりない。事故から一年以上経てば、もう思い出すことはできないと思う。

 どのセリフを思い返してみても、三琴には驚愕でしかない。
 美沙希と婚約解消となったが瑞樹の記憶は戻っていない。三琴との恋人時代を思い出して、美沙希と破局したわけではない。婚約解消理由は性格の不一致だということから、破局は三琴のせいではないのだ。そこはあくまでも瑞樹と美沙希の問題であった。
 それはそれでいいとしよう。
 問題は、記憶はないがそれでも瑞樹は三琴との交際を希望するということ。
 
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