その涙が、やさしい雨に変わるまで
 雑踏の中でひとり三琴は佇む。告げられた内容が衝撃的すぎて、またそれはひとつでなくたくさんありすぎて、うまく思考できない。
 そうこうする間に人影の中で、瑞樹の姿が見え隠れする。どんどん小さくなっていく。
 忙しい副社長は刻一刻も無駄にできないから、歩くのが恐ろしく速い。行き交う人の波の中で見失うのは時間の問題で……
 三琴は瑞樹を追って、駆け出していた。

(まだ、間に合う)
(今日を限りで最後になるかもしれないなんて、そんなこと、私は嫌だ!)
(記憶はなくとも、それでも私のことを求めてくれるのなら、迷うことはないじゃない!)

 肩にかけた手荷物鞄が邪魔くさい。思い切って走れないのが悔しい。瑞樹のいうとおりで、旅装で失敗したと悟る。
 さっきみたフライトインフォメーションボードを頭に思い浮かべれば、瑞樹はあの角を曲がる。曲がってしまえば、一度でも視界から消えれば、きっと瑞樹の姿を見失う。
 もう二度と元には戻れないと、泣いて諦めた人が、まだ手の届くところにいる。返事はいつでもいいといわれても、そんなのダメだ! できない!
 今、手放してしまうとそれこそもう二度と手に戻らない。そんな不安しかなければ不確実な未来を消すために、今度こそ望んでいた未来を手に入れるために、必死になって走る三琴がいた。

「瑞樹さん! 待って、瑞樹さん!」

 人目を憚らずに、三琴は叫んでいた。

 この声が届いたのだろうか? 角を曲がる前に、くるりと瑞樹が振り返る。
 殺到の中で彼のほうも三琴の姿を見つけると、今きた道を後戻りした。
 三琴と同じように、瑞樹だって急ぎ足で三琴の元へと駆けつける。
 何人かの旅行客にぶつかりながらも、再びふたりは相まみえた。

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