その涙が、やさしい雨に変わるまで
 はぁはぁと瑞樹の前で、三琴は大きく息を整える。
 今度はしっかりと瑞樹の目をみて、三琴は宣言した。

「さっきの提案ですが、『イエス』です。瑞樹さんを待たせることなんてこと、できないです。こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします」

 三琴から受諾をもらい、一度に瑞樹は破顔する。
 見上げてみるこの顔に、三琴は見覚えがある。そう、副社長就任時に交際を申し込まれて『イエス』と答えたときとまったく同じもの。
 瑞樹が記憶喪失となって、ふたりの交際の思い出はすべて消えた。けれど、それを乗り越えて、再びその思い出を再構築することはできる。
 無くなった記憶は、戻らない。戻らないけれど、それ以上のものをこれから作り上げていけばいいのだ。
 今度は極秘交際でなく、正々堂々と明るい陽ざしの下で手をつないで。

「三琴、ありがとう。ここでキスしたい気分だけど……」
と、素早く三琴の二の腕を取ると、ぐいっと瑞樹は自身のほうへ引き寄せた。
 不意のことでよろめきそうになったが、そこはしっかりと瑞樹が支える。自分の腕の中に三琴を確保すれば、瑞樹はそっと恋人の頬へライトキスをした。
「人前だから、これで我慢する」
「え!」
 人前でもキスしたじゃない、そう三琴は心の中で突っ込む。もちろん嫌じゃなくて、嬉しくて。
「その顔、三琴らしい。しばらくのお預けだが、しっかり働いてくるよ。だから三琴も、ほら、兄さんが待っているぞ」

 瑞樹の腕の中から三琴がうしろをみれば、シカゴ行きの搭乗口で腕組みする脩也と大きく手を振る春奈がいるのだった。
 
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