その涙が、やさしい雨に変わるまで
退院してからのふたりの付き合いは順調で、美沙希のサポートはありがたかった。早く結婚しろといっていた両親にも、美沙希は元ナースということでいろいろ受けが良かった。
調子が狂ったのは、婚約が成立して美沙希が会社を辞めてからだった。美沙希が花嫁修業期間に入って両親と接する時間が増えると、彼女は気がついたのだった。瑞樹の親が、自分の親と同じ古い価値観の持ち主であることに。
世間一般では、瑞樹との結婚は現代のシンデレラストーリーである。
でも彼女は、『引いては夫の影に入り、後ろに控えて出しゃばらないこと』『とにかく妻は夫に尽くすもの』『夫の成功が妻の成功となる』という黒澤家の理想の嫁像にアレルギーを示したのである。
女優となっていろいろな人生を体験してみたいという美沙希に、この閉鎖的で単一的な女性の価値観は、とことこ合わない。
脩也が両親と喧嘩して家を出たきっかけも、『そんなやくざなものを目指すのはやめなさい』という親の言葉であった。脩也は未だに両親と和解できていない。脩也が嫌ったものと同じものを、美沙希も嫌ったのである。
――私、瑞樹のことは嫌いじゃないわ。でもね、あなたのご両親とは、きっとうまくやっていけない。だから大ごとになる前に、この結婚をやめるのがいいと思う。
――婚約解消理由は、好きにしてくれていい。いい出したのは私のほうだから、泥をかぶる覚悟はしている。慰謝料については、瑞樹みたいなお金持ちじゃないから分割払いになると思う。そこだけはご了承願います。
三琴との夕方のヒアリングのあとで、そう美沙希から相談された。とことん自分に非があると繰り返して、婚約解消を望む美沙希がいたのだった。