その涙が、やさしい雨に変わるまで
――そもそも、あの会長、出来の良い松田さんのことを秘書として置いておくのはいいけど自分の息子の嫁にはしたくないっていうタイプの親ですよ。だから、この駆け落ち兼新規事業計画なんでしょ。
――そうそう松田さん、この計画、全然知らされていなかったから、みせたらびっくりしていたよ。あまり下手なことはいえないから、企画書だけを渡しちゃったんだけどさ。

 あっけらかんと、ディスプレイの向こう側で菱刈がいう。
 菱刈の中では、三琴は瑞樹の妻となっていた。二年前の瑞樹は、秘書の三琴と極秘で付き合っていたと知る。極秘交際だったから、転落事故のあとの三琴はいいたくても状況を混乱させるだけだと思い、何もいえなかったのだ。いかにも冷静沈着な彼女らしい。
 そうとわかれば、三琴が秘書を辞めたいといった理由がわかるし、いつの間にか好きになっていて、紫陽花の庭で無性に三琴とキスしたくなったことにも納得がいったのだった。

 ポンと肩をたたかれて、瑞樹は我に返った。空港のざわめきが耳に復活した。
「お待たせしました。なかなか荷物が出でこなくって、ごめんなさい」
 そこには、裏事情を何も知らない三琴がいた。柔らかな笑みを浮かべて、瑞樹のことを見上げていたのだった。
pagetop