その涙が、やさしい雨に変わるまで
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「え、引っ越ししたの?」
 瑞樹が運転するSUVの助手席で、三琴は確認した。瑞樹の車が新車になっているなと思ったら、住居も新しくなっていた。
「そう、ヨーロッパ拠点への行き来が増えるから、思い切って」
「菱刈さんの案件が、スタートしたんですね」

 日本帰国に際して、瑞樹から空港まで迎えにいくよといわれ、素直に三琴は甘えることにした。
 手荷物がなかなか出てこなくて瑞樹を待たせることになってしまったが、三琴が思っていたほど彼はご機嫌ななめではなかった。スマートフォンを睨んでいたから、飛び込みの案件が入って、それどころでなくなったのだろう。
 業務第一主義の瑞樹だから、二ヶ月ぶりの再会だとしても反故にされるかも。そのときは電車で自分の賃貸へ戻ると、三琴は即座に決めた。
 そんな覚悟をしていたが、三琴の予想は外れた。瑞樹はスマートフォンをしまうと自分の新しいSUVへ三琴をエスコートしていったのだった。

 車窓から、三琴は二ヶ月ぶりの日本の夜景を堪能する。
 日本を発ったときは梅雨明け宣言前の七月で、一時帰国の今は九月。どちらも気温湿度ともに高い時期であれば、水分をたっぷり含んだ空気がねっとりと体に纏いつく。シカゴのカラッとした空気とは違う日本の夏があった。

 SUVはすぐに瑞樹の新しいタワーマンションに着いた。先の彼の言葉どおりで、国際空港までのアクセス時間が前のマンションのときよりも大幅に短縮していた。
 三琴がシカゴに出発する日、瑞樹もフランクフルトへ旅立った。三琴はシカゴに着いてからずっとそこで活動していたのだが、瑞樹は違う。その後の彼は何度も日本とヨーロッパを行き来し、二拠点活動を行っていた。効率的に働くために引越しを考えるのは、至極自然な流れだ。彼の場合、金銭面で困ることは何もないのだから。


 
 新しい瑞樹のマンションは、恐ろしく荷物が入っていなかった。
 オープンキッチンにダイニングセット、リビングにソファセット、寝室にベッドというシンプルなもの。広いマンションがますます広くみえる。ウォークインクローゼットだけは前住居と変わらず、たくさんのスーツがかかっていた。

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