その涙が、やさしい雨に変わるまで
 現在のふたりは、瑞樹の記憶喪失のハプニングを乗り越えて、最初から恋愛をやり直している真っ最中だ。付き合い始めの一番楽しい時間を、いま再び、体験している。
 付き合いはじめなんて、すぐに会えるとしても離れがたいのに、海を越えてまた時間を超えての国際遠距離恋愛となってしまったふたりには酷である。さらにふたりはいろいろ忙しいビジネスパーソンでもあれば、本当にふたりだけの時間は少ない。
 だから会えたときには、たくさん話をしたい。それはとても自然なこと。でも今は、それ以上にもっと大事なことがある。

 そっと三琴が恋人の首元に手を伸ばせば、瑞樹は嬉しそうに唇を寄せてきた。
 唇同士が軽く触れて、すぐに離れる。何度もそれを繰り返し、バードキスを楽しむ。チュッチュッという鳴き声が、雨の部屋の中に響きだした。

 唇から小さくはじまった温もりが、ゆっくりと全身へ広がっていく。心臓が喜びで跳ねて、指先に熱がこもっていく。
 キスだけでは物足りないくて、お互いの手が相手を欲して動き出す。手はタオルケットを越えて、夏服のすき間に入り込み、愛する人の肌を求めて冒険を開始した。
 三琴の手が瑞樹の腰回りたどり着けば、熱い男の体温の肌がそこにあった。
 一方で、眠っている間に三琴を愛でていた瑞樹の手が三琴の背中に回る。背中に触れる瑞樹の手のひらの面が、広くて温かい。
 無言の了承で互いの服を脱がせ合って、ふたりの間を邪魔するものがなくなれば、遠慮なく肌を重ねる。子猫がじゃれ合うように、お互いに全身を愛撫して、三琴と瑞樹はしっかりと四肢を絡ませ合う。
 触れる肌だけでなく、組んだ手の指先、互い違いに入った足など、どこもかしこがピタリと吸い付いた。ふたりは元々ひとつであったかのように。元のひとつに戻ろうとしているかのように。

「瑞樹さん、温かい……なんだか、ほっとする」
 こんな拙い感想しか、今は出てこない。温かい以外の言葉が三琴には見つからない。
「それは……よかった」
 そんな三琴の言葉だけど、瑞樹は充分満足だ。瑞樹だって、気持ちいいという感想しか出てこないから。
「瑞樹さん……」
「三琴」
 交わす言葉はとても少なくて、ふたりの息遣いだけが部屋に満ちる。
 長年、上司と部下で仕事をしてきていたから、阿吽の呼吸にもう間違いはない。不慮の事故でふたりの距離が一度は離れたが、こうしてまた元の位置に戻ってみれば、そのリズムは忘れていなかった。

 ベッドのきしむ音がする。空調のよく効いた部屋であるけれども、汗をかく。相手の汗のにおいを嗅いだなら、もっと相手のことを近くに感じ取る。
 休日は始まったばかり、国際遠距離恋愛中のふたりの、大事な大事な休日である。
 誰にも邪魔されないこの部屋で、さらにふたりは愛情を深めるのであった。

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