その涙が、やさしい雨に変わるまで
休日は、とても楽しい。精一杯働いたあとなら、なおさらに。
翌朝も、昨日の雨が残っていた。時間の割には薄暗い部屋に、雨が降っているんだと気がついた。
いつまでも瑞樹とふたりでベッドの中で戯れていてもいいのだが、いかんせん、三琴にはしなくてはならないことがある。
三琴は、脩也の元で二年間正式に働くことが決定した。
そのために、日本で一時停止してある雑事をいろいろ片付けなければならない。今回の帰国の目的はそれ。手始めに今日は会社員時代の賃貸アパートの解約にいくことになっていた。
ふたり並んだ朝食の席で、本日の段取りを決める。
シンプルに暮らしている瑞樹のキッチンにはほとんど食料がない。今ダイニングテーブルに並んでいるのは、さっきふたりで買ってきたコンビニエンスストアのサンドイッチとテイクアウトのカウンターコーヒーである。
御曹司がいただく朝食と思えない。でも、瑞樹は特に気にしていなかった。食事の内容にも、三琴が料理をしないことにも。
「脩也さんのところの契約が終われば日本に帰国なんだけど、そのときが本当の意味での就活になるなぁ~。ねぇ、瑞樹さん、それまでに取っておけばいい資格とか、わかりますか?」
今から日本生活の後片付けを行うのに、二年も先の日本生活再開のことを三琴は気にする。先読みし過ぎるがために、ひどく三琴の思考はちぐはぐになっていた。
「そのことだが、兄さんのところの契約が終わったら、そのままヨーロッパにおいで」
紙コップのコーヒーを飲みながら、瑞樹がいう。
「え? それ、どういうこと? ちょっと詳しく!」
「あれ? 話してなかったか?」
ぶんぶんと大きく三琴は首を縦に振った。
脩也のシカゴプロジェクト終了に合わせて、瑞樹は三琴を連れてヨーロッパ事業所へ異動する――瑞樹の中ではそれが既定路線なのだが、三琴との意思疎通ができていなかった。
「僕は多分、三琴と結婚するためにあの企画を立てたと思う」
記憶がないからと断って、瑞樹は説明をはじめる。それは、すべて菱刈からきいたものと企画書の裏側を推理しての、瑞樹の結論であった。
「普通にいけば三琴との結婚は許されないと、僕は思っていたらしい。他にも社風をもっと今風に変えたいとか、『黒澤グループ』内に兄さんの戻る場所を作りたいとか、そんなことも思っていたようだ」