その涙が、やさしい雨に変わるまで
「社員の家族が緊急で、やってきたときもそうなの? 例えば、瀕死の事故に遭ってすぐにきて! とかでも?」
「そのご質問には、お答えいたしかねます。まずはアポイントメントをお取りください。アポイントメントがあれば、ここからお呼び出しいたしますので」
 頑としてきき入れない彩也子に対し、アポなし来社客のほうもしぶとかった。

「緊急ではないんだけど、瑞樹と会いたかったのだけなんだけれどなぁ……、あいつとは約二年ほど会っていないし」
 副社長のことを『瑞樹』『瑞樹』と呼び捨てにするこの来社客は、さらに『あいつ』呼ばわりする。
 受付嬢たちのアイドル『殿下』に対して、このいい様、水面下に抑え込んでいる彩也子の怒りが、今にも浮上してしまいそうだ。

 そんなこと、来社客はちっとも気づかず、のん気な鼻声でこう懇願した。
「それじゃあ、瑞樹に伝言をお願いできる? 久しぶりに帰国したのに会えないんだから、そのくらいは融通つけてよ」
 
 一連のセリフに、あれっ? と、三琴は引っかかるものを感じた。
 彼の言によれば、アポなし客は二年以内に瑞樹と対面していることになる。それなら、三琴だって副社長の横でこの人に会っているはずだ。
 当時の三琴は瑞樹の秘書であれば、彼のアポイントメントはすべて三琴が管理していたのだから。

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