その涙が、やさしい雨に変わるまで
(ここでも、インサイダー、か)
(企業秘密は喋りませんって、私が一筆書けばいいことだと思うけど)
(それでは、心許(こころもと)ないんだろうな~)

 五年間仕えた秘書であれば、副社長の慎重さを、三琴は重々承知している。その慎重さが自分に向けられて、彼の仕事の徹底ぶりをまた体感した。
 でも、この関門をクリアすれば、秘書を辞めることができる。

 次にどんなセリフがくるのだろうか?
 三琴はしっかりと副社長(ボス)の顔をみた。

「これは私の提案ですが、松田さんには配置替えしてもらいます。来週からはそちらで勤務してください」

(配置替え?)

「うーんと、どこがいいかな? 秘書業務と似た職域で、心身ともに松田さんの負担が軽減できそうなところは……」

 瑞樹の口から「退職の方向で検討する」が出てきたが、それとはほぼ逆の「配置替え」なんて単語も出てきた。
 これらの単語に、三琴は裏切られた気分になる。退職できると思ったのは、三琴のぬか喜びで終わったかと思われた。

 「配置替え」という単語に、はじめ三琴はよくわからなかった。
 三琴を退職させるために異動させるとは、どういうことだろう?
 瑞樹の意図はわからないが、これはこれで悪くない提案かもしれない。三琴が退職を決めたのは、ひとえに瑞樹から離れたいという一心であったから。
 
< 5 / 187 >

この作品をシェア

pagetop