その涙が、やさしい雨に変わるまで
 秘書という職業柄、休みは担当の上司のものと一致する。
 身分は一般社員の三琴であったが、直属上司の瑞樹は管理職だ。瑞樹が部長、本部長、副社長と昇格していくにつれてドンドン忙しくなり、彼の休みはますます細切れになっていった。三琴の休みは瑞樹に準していたから、有休を使って長期の休みを取り、女友達と旅行に出るなんてことはできなかった。
 春奈の指摘どおり、あの職種、チーム運営でないとブラックな部分があるかもしれない。

「フォトグラファー関係の仕事だと、個人事務所の事務員が前職と変わらないと思うけれど、これ、なかなか募集の出ない仕事だからねぇ~」
 なんと、世間話から三琴の就職斡旋にまで話が飛んでいた。真剣に春奈が考えていることに、三琴は恐縮してしまう。

 今の会社を辞めることは既定路線であるが、その先は全く未定の三琴である。なんだかんだいいながら、転職サイトに登録どころかサイトを覗くこともしていない。
 理想は、退職後すぐに次の職場で働くことだろう。だけど今までが働きづめだったから、ちょっとゆっくりしてから……なんていうのは、甘いのだろうか?

「ねぇねぇ、松田さんって、英語できる?」
「英語ですか? 海外現地法人とのやり取りぐらいなら」
「じゃあ、今日みたいなアシスタント業務だと問題なさそうね」

 くるりと春奈はカメラを構えたまま、三琴に振り返る。勢いはそのままで、カシャリとシャッターが切られた。

「その驚いた顔、かわいい!」

 隙だらけの顔を、春名に撮られてしまっていた。
 と同時に、三琴のスマートフォンから弁当受け取り時間のアラームが鳴ったのだった。
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