その涙が、やさしい雨に変わるまで
 自分の上司(ボス)に問題がないとわかれば、本多は別のことを指摘した。彼の視線の先は、瑞樹の右手である。
 そこあるのはピンクの包装紙に赤いリボンというオレンジ色のバラのブーケ。まるで恋人に送るかのようなロマンチックなブーケであった。
「うっかりして、今回も断るタイミングを逃してしまった」
 そのまま本多へ、瑞樹は店からもらったブーケを手渡した。

 ブーケをもらった本多は、困ったようにいう。
「今まで持ち帰っていたものですから、もう店のほうも習慣になっているでしょうね。接客マニュアルにもお持ち帰りと記載されていそうだし。とりあえず、水に浸けておきます」
と、本多は花瓶の代わりになるようなものを探しにいった。

 今まで接待先で花があれば、いつも瑞樹は持ち帰ってきていた。いつからそんなことをはじめたのか、瑞樹は自分のことなのによく覚えていない。
 少し前までは、持って帰れば前任秘書の三琴が花束をほどき、活け直していた。小さくはなったが生まれ変わった花たちが、執務机の上に、副社長室前室の片隅に、副社長室入り口にと飾られた。

 二日もすればその花の水揚げが悪くなり、三琴は長持ちするように茎を短く切っていく。その際に水だけでなく花器もサイズに合わせて交換していた。
pagetop