その涙が、やさしい雨に変わるまで
 とにかく三琴は、瑞樹の顔をみるのがつらいから退職を希望した。配置替えとなれば、退職ではない。
 でも勤務部署が変われば、瑞樹と顔を合わす機会はぐんと減る。どの業務になるかは不明だが、この副社長執務室を出れば、瑞樹との接触はほとんど皆無となると思われた。
 これはこれで、三琴の退職動機がなくなることになる。
 転職希望の退職でないのだから、闇雲に退職にこだわることはない。三琴の目的は、とりあえずは達成されるのだから。
 
「配置替えするにしても、研修が必要でない部署でとなると……」

 一見、三琴の要望に従って副社長自らが業務軽減を考えてくれている。
 でもそのセリフの裏を、三琴は警戒する。三琴が退職を切り出した瞬間の瑞樹の口調が怒りに満ちていたから、無条件に状況を喜べない三琴がいる。

 こうやって配置替えをするっていって、実は自分の退職願を反故にするつもりかもしれない。
 異動先で再度、退職を希望しても提出部署が違うといって退職願を受け付けない、なんてことを、瑞樹が狙っているのかもしれない。
 
 だが、こんな可能性も三琴は期待してしまう。
 いまは退職願が受理されないことになるが、部署異動して時間が経てば、副社長もかつての秘書のことを忘れてしまうだろう。もともと仕事が忙しいところに、瑞樹には結婚準備が加わっているのだから。
 瑞樹が三琴のことを完全に忘れてしまったそのときに、あらためて異動先で退職願を出せばいいい。
 ぐだぐだと思考して、三琴は三琴でそんな軌道修正を得た。

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