その涙が、やさしい雨に変わるまで
 不意の兄からの電話に、瑞樹はしばらく声が出なかった。あまりにも想定外だったからだ。

――もしもし? 瑞樹? あれ、きこえている?

 驚いて無言になってしまった瑞樹に、脩也の困惑した声。瑞樹が言葉を返していないから、脩也は脩也で回線が切れたのかと話しかけてくる。
 ああ、いけないなと、瑞樹はこう告げた。

「ごめん、今は帰宅中で、車中なんだ。電波の入りが悪い」
――そうか。今まで仕事だったんだ。
「帰宅したら、こちらからかけ直す。いい?」
――いや、疲れているだろうし、俺も時差でダルい。とりあえず、これだけ確認したかっただけだから。

と、端的に脩也が告げる。
 確認したいこととは、何だろう?
 数年ぶりの兄とのコンタクトなのに、その兄は昨日今日のような軽い調子で話を進めていく。

「確認したいことって?」
――松田ちゃんのことなんだけど、松田ちゃん、ちょっと借りていい?
「松田ちゃん?」

 名字にちゃん付けで呼ぶその人物のことが、すぐには瑞樹はわからなかった。

 スマートフォンの向こう側で再び沈黙している瑞樹に、脩也は気がついた。

――ええーっと、松田ちゃんこと松田さん。お前の秘書だった松田さんだよ。今日、帰国してすぐに電話したんだけどつながらなくって、直接本部ビルへいったんだよ。そしたら彼女、受付嬢になっていて、びっくりしたよ!

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