その涙が、やさしい雨に変わるまで
――松田ちゃんのことなんだけど、松田ちゃん、ちょっと借りていい?
 このいい方から、三琴と脩也は顔見知りであること、さらに顔見知りでも親交が深いと思われた。
 瑞樹としては、兄に秘書を紹介した覚えがないから、一体どこでふたりは知り合ったのだろうと謎に思う。

――ええーっと、松田ちゃんこと松田さん。お前の秘書だった松田さんだよ。今日、入国してすぐに電話したんだけどつながらなくって、直接本部ビルへいったんだよ。そしたら彼女、受付嬢になっていて、びっくりしたよ!
 今日、本部ビルで直接ふたりは会ったようだ。
 まだ美沙希との結婚は、社にも一般にも非公開である。
 三琴は秘書という立場であったからこの結婚を知っているが、彼女がうっかり社のロビーでこれを口にすることはないはず。彼女の口の堅さや判断力を信頼していたから、ずっと瑞樹は彼女を自分の秘書に指名していた。社内であっても非公開情報が漏れていないことを願う。
 
――今週末、仲間内で撮影会があるんだけど、ちょっと人手が足りなくて、松田ちゃんに単発バイトをお願いしたんだ。まだ彼女からは返事をもらっていないんだけど、一応、瑞樹に断っておこうと思って。副業規定とか、あるんだろ?
 バイトを依頼したなんて、もうこれでふたりは就業時間後に社外で会っていたのは間違いない。
 社から離れたところでなら、退職を前提として受付部門へ異動したことだけでなく、美沙希との結婚のことも全部、三琴は説明していそうだ。

 こんなふうに丁寧に脩也の言葉をなぞっていけば、そんなに難しい難問(パズル)ではなかった。
 しかしパズルは解けても、瑞樹はすっきりしない。

 脩也と三琴が、社外で会っていた――簡単に導き出されたこの結論に、なぜか瑞樹は心臓が鷲掴みにされたようで苦しくなる。
 副社長室前室にいなくても、別の部署へ異動となっても、もっといえば社外のどこへいっても、三琴が自分以外の男性と親しくしていることはないと、なぜか無条件に瑞樹は信じ込んでいた。
 同時に、自分がこんな思い込みをしていることを知り、愕然とする瑞樹がいる。

 チクリと、再びこめかみが痛んだ。
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