その涙が、やさしい雨に変わるまで
  ††

 一年と少し前に瑞樹は転落事故にあった。雨の日に外階段で足を滑らせて、派手に階段上段から転落したのだった。

 骨折はしなかったが全身打撲した。体はそれで済んだのだけど、頭は違って固い路面に強く打ち付けてしまった。頭部から出血をして、それをみた通行人が大騒ぎし、瑞樹は救急車で運ばれた。
 救急病院で手当てを受けるだけでなく、出血した部位が部位だからだと検査が行われる。結果は、脳波に異常なし。それでも念のためにと、瑞樹は経過観察入院となった。

 入院開始直後こそは面会謝絶であったが、すぐにそれは解除された。もちろん、完全解除ではなく一部解除であるが。
 その限られた面会時間に、まず両親がやってきて、瑞樹の抜けた間の社の対応を決めた。瑞樹が完全復帰するまでは、それで業務を回したのだった。

 業務はそうやって乗り切るとして、医師の許可の範囲内で病室へ社の人間の出入りがはじまった。やってきたのは、社長と秘書、総務部長といったあたり。一度に全員がではなく、ひとりずつ、時間を空けてやってきた。
 事故後の経過はそんなものだと、瑞樹は思う。
 彼らは見舞いの言葉を述べて、おそるおそる瑞樹に接する。頭部に傷を負ったということで、皆が皆、大げさなくらいにデリケートに瑞樹のことを扱う。無理もないなと、本人はひどく冷めた気分であった。

 そうしてひとりずつ面会していくうちに、瑞樹の身に自分でもびっくりすることが起こっていた。
 なんと、一部の人の顔と名前が思い出せなくなっているのだ。
 その異常に、はじめて気がついたのは三琴が花を持って見舞いにやってきたときだった。

pagetop