その涙が、やさしい雨に変わるまで

 瑞樹としては三琴のことを大事に扱っているつもりだ。でも「辞めたい」ということは、何か不満があるいうことである。

 では、何に?
 業務のことか、社員待遇のことか? それとも……一体、何が不満なのか?

 副社長権限でできることであれば、惜しみなくそれを使う覚悟はある。
 だが使うにしても、正しく使わなくては効果がない。そのためには、彼女との話し合いの時間が必要だ。

 急に振られた『退職願』に瑞樹が即座にできたことは、三琴の退職日を延期させることだった。 

――いやいや、松田さんは研究開発部所属ではないけれど、納品先や業務提携先のこと、新商品関連のこと、水面下の研究開発案件のこと以外にも財務関係のこととか、社の情報を全く知らないというわけではないでしょう?

――嫌がる社員を引き留めても、ほかの社員にいい影響は与えません。松田さんのことは退職の方向で検討します。そのためには松田さんがインサイダーから外れないといけないのだけれど……

――松田さんについては、一般社員と同じ手続きはできません。彼女は社外秘関与社員ですから。そういうことで退職まで三ヶ月の猶予期間を設けます。その間、松田さんは受付部門配属にしてください。彼女なら取引先の情報に精通しているから、研修なしで問題なく務めることができるでしょう。

 本当は、秘書にそこまでの企業秘密など関与させていない。三琴の秘書業務は、あくまでも瑞樹のスケジュール管理がメイン業務である。業務秘書ならともかく、一般秘書の三琴に瑞樹は『待った』をかけたのだった。

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