その涙が、やさしい雨に変わるまで
 今からだと残りはあと一ヶ月少々。六月末まで受付カウンターで大人しくしていれば、三琴は完全に社外秘関係者(インサイダー)でなくなる。そうなれば、大手を振って、退職できる!

 正確には三琴が社外秘関係者(インサイダー)でなくなっても、瑞樹からいい渡された退職日は七月末。それはまだ二ヶ月も先で、本当ならもう一ヶ月余分に待機期間が残されている。
 しかし三琴は、今年の有給と今までの繰り越し有給の両方を使って、七月末まで待たずに退職するつもりである。うまくいけば一ヶ月早く、そう六月末の社外秘関係者(インサイダー)でなくなる日に退職できるのである。

(高崎さんと一緒なのも、あと一ヶ月かぁ……)
(受付嬢が板についてきたころだけど、ね)
(受付カウンターからこっそり瑞樹さんのことを眺める日は終わりになるけど、それは私が望んだこと。春奈さんみたいに、もっといろいろ逞しくならないと)

 社を去る日を想像して少しだけセンチメンタルになった三琴とは別に、彩也子は普段通り。スマートフォンを覗いて、ランチ終了を告げた。
「そろそろ戻ろうか」
「そうね、時間ぴったり。いいランチでした!」

 そうして、三琴と彩也子のふたりが社に戻れば、すでにグランドフロアには数名の来社人がいた。例のヨーロッパ事業部の面々だ。
 少し早い到着ね、なんて思いながら、三琴は彩也子とともに従業員出入り口へ向かう。その途中で、彩也子が尋ねてきた。

「あの一番背の高い人って、菱刈(ひしかり)さん?」

 尋ねられて、いま一度三琴は振り返って確認した。
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