その涙が、やさしい雨に変わるまで
三琴が受付嬢に配属されて一ヶ月、もう社の人間で三琴の人事異動を知らない者はいない。いろいろ噂されていたが、それも彩也子の工作のおかげで落ち着いてきたところであった。
久しぶりのこの質問だなぁと思いながら、三琴は今まで繰り返してきた返答を口にした。
「はい、間違いありません。先月まで、秘書業務についていました」
「やっぱり、そうでしたか! 上にいけば副社長の秘書が変わっていて、でも下では見覚えのある人が座っているから、びっくりしましたよ」
「そうですよね、大々的に人事異動の告知はなかったと思います」
三琴の異動は、時期外れのこともあれば退職のための一時措置である。永久に受付部門に配属ではないので、必要最低限の告知で終わっていた。
退職に向けて『三琴の体からインサイダー情報を抜いている最中』が本当なのだが、それはあまり聞こえがよろしくない。受付部門が忙しいから、三琴は退職を先延ばしにして期間限定で応援で入っているということになっていた。
それを提案したのは、あの総務部長と秘書室長であった。なかなか粋な計らいをしたふたりであった。
「でも、どうして? 松田さんはずっと副社長の補佐を貫くものだと思ってましたけど……」
「できればそうしたかったのですが、ちょっと秘書業務をこなすことに自信がなくなってしまって……」
この能力不足というのは、瑞樹に告げた理由である。同じことを、総務部長、秘書室長、彩也子をはじめとする受付部門のスタッフ全員に告げた。本当の退職理由とは違うのだけど、これが一番波風が立たない。
この菱刈の前でも、同じように三琴は告げた。これは、誰もが納得をし、誰もが引き止めない、完璧な辞職理由である。初志貫徹している三琴がいた。
だがなぜか、この菱刈にはそれが通じなかった。
真面目を通り越して、怪訝な表情を菱刈は浮かべる。そして、もっと丁寧な言葉を使って彼は懇願した。
「松田さん、本日の業務終了後にお話ししたいことがあります。僕に、あなたのお時間を頂戴出来ないでしょうか?」
久しぶりのこの質問だなぁと思いながら、三琴は今まで繰り返してきた返答を口にした。
「はい、間違いありません。先月まで、秘書業務についていました」
「やっぱり、そうでしたか! 上にいけば副社長の秘書が変わっていて、でも下では見覚えのある人が座っているから、びっくりしましたよ」
「そうですよね、大々的に人事異動の告知はなかったと思います」
三琴の異動は、時期外れのこともあれば退職のための一時措置である。永久に受付部門に配属ではないので、必要最低限の告知で終わっていた。
退職に向けて『三琴の体からインサイダー情報を抜いている最中』が本当なのだが、それはあまり聞こえがよろしくない。受付部門が忙しいから、三琴は退職を先延ばしにして期間限定で応援で入っているということになっていた。
それを提案したのは、あの総務部長と秘書室長であった。なかなか粋な計らいをしたふたりであった。
「でも、どうして? 松田さんはずっと副社長の補佐を貫くものだと思ってましたけど……」
「できればそうしたかったのですが、ちょっと秘書業務をこなすことに自信がなくなってしまって……」
この能力不足というのは、瑞樹に告げた理由である。同じことを、総務部長、秘書室長、彩也子をはじめとする受付部門のスタッフ全員に告げた。本当の退職理由とは違うのだけど、これが一番波風が立たない。
この菱刈の前でも、同じように三琴は告げた。これは、誰もが納得をし、誰もが引き止めない、完璧な辞職理由である。初志貫徹している三琴がいた。
だがなぜか、この菱刈にはそれが通じなかった。
真面目を通り越して、怪訝な表情を菱刈は浮かべる。そして、もっと丁寧な言葉を使って彼は懇願した。
「松田さん、本日の業務終了後にお話ししたいことがあります。僕に、あなたのお時間を頂戴出来ないでしょうか?」