その涙が、やさしい雨に変わるまで
足裏の感触が、グランドフロアの硬い床から高層階フロアの絨毯敷きの柔らかいものに変わる。
あらためて靴裏から得る床の硬さの違いに、今の自分は部外者だと、お客さまなんだという感覚が強くなる。
エレベーターホールや廊下を見渡せば、掛けられている絵画に変わりはない。だが花はひとつも飾られていなかった。
秘書勤務のときには、三琴は瑞樹が持ち帰ってきた花を活け直して、副社長室を飾り付けていた。花束がたくさんあるときは、副社長室だけで収まらず外部廊下にも飾っていた。
でも今は、そんなもの、ひとつもない。
後任秘書が男性であれば得意と思えないし、好き好んでそんな面倒くさいことはしないだろう。瑞樹だって花を飾る人がいなければ、わざわざもらって帰ってくることもない。
きれいだけどどこか硬質な印象になった廊下を歩き、三琴は副社長室前室の扉の前に到着した。
インターホンを押す。カチャリと機械音がした。監視カメラが三琴のことを見つめていた。
一ヶ月前までは三琴が扉の向こう側にいて、瑞樹の訪問客をチェックしていた。今は逆。
お客様はこんな気分だったんだぁ~なんて三琴は思いながら、本多の声を待った。
しばらくして、
「松田さん、いま開けるから」
と、本多でなく瑞樹の声が応対に出た。
「!」
てっきり本多が出てくると思い込んでいたから、三琴は調子が狂う。しかも名乗る前に、カメラの画像だけ三琴の確認が取れていた。
事前予測と違っていれば、三琴は戸惑い、しばらく言葉が詰まる。
その間にも扉のロックが外れる音が響き、瑞樹が直々に扉を開いたのだった。