その涙が、やさしい雨に変わるまで
「ご用件は、何でしょうか?」
瑞樹がミネラルウォーターで軽くのどを潤すのを、三琴は見守る。
他部署の従業員を呼び出しているが、目の前にいるのは元上司。勝手知ったる部下の前で、悠然と水を飲む瑞樹がいる。
かつて三琴が秘書業務を行っていたデスク、今は本多のものなのだが、に浅く腰を掛けて、素の姿を三琴にさらけ出していた。
(あれ? こんなラフに水を飲むのは、お付き合いしていたときみたい)
記憶をなくしてからの瑞樹には、三琴が彼に配属された直後のときのような緊張感があった。
転落事故のあと見舞いにいった病室で、結婚を前提として付き合っていた三琴に向って「どちら様ですか?」といった瑞樹である。退院しても瑞樹の記憶は完全に戻っていなければ、彼の姿勢は変わらず他人行儀のままであった。そんな恋人時代とは正反対の態度を、ついこの間まで瑞樹は三琴にみせていた。
でも今の瑞樹は、なんだか少し砕けている。それが、ここに本多がいないせいなのかどうかは、わからないけれど。
「少し尋ねたいことがあって」
ペットボトルの蓋を締めながら、瑞樹は切り出した。
「はい。何でしょう? ひととおりの業務はすべて本多さんに引き継ぎできたと思うのですが?」
「本多さんは問題ないよ。ずっと第二秘書として松田さんの補佐をしていたから、第一秘書になっても内部とも外部ともうまくやってくれている。最後の最後まで、部下の教育も含めて松田さんはきちんと勤め上げてくれた。そこは感謝する」
にこやかに瑞樹が本多のことを褒めた。ついでに、三琴のことも。ここから、三琴が抜けてもこの副社長前室は充分に機能しているとわかる。
「でしたら、他に何か取りこぼした事項が出てきましたか? 私のほうでは、思い当たるものがないのですが……」
「確認したいことは、それじゃない。私が訊きたいのは、松田さん自身について、だよ」
瑞樹がミネラルウォーターで軽くのどを潤すのを、三琴は見守る。
他部署の従業員を呼び出しているが、目の前にいるのは元上司。勝手知ったる部下の前で、悠然と水を飲む瑞樹がいる。
かつて三琴が秘書業務を行っていたデスク、今は本多のものなのだが、に浅く腰を掛けて、素の姿を三琴にさらけ出していた。
(あれ? こんなラフに水を飲むのは、お付き合いしていたときみたい)
記憶をなくしてからの瑞樹には、三琴が彼に配属された直後のときのような緊張感があった。
転落事故のあと見舞いにいった病室で、結婚を前提として付き合っていた三琴に向って「どちら様ですか?」といった瑞樹である。退院しても瑞樹の記憶は完全に戻っていなければ、彼の姿勢は変わらず他人行儀のままであった。そんな恋人時代とは正反対の態度を、ついこの間まで瑞樹は三琴にみせていた。
でも今の瑞樹は、なんだか少し砕けている。それが、ここに本多がいないせいなのかどうかは、わからないけれど。
「少し尋ねたいことがあって」
ペットボトルの蓋を締めながら、瑞樹は切り出した。
「はい。何でしょう? ひととおりの業務はすべて本多さんに引き継ぎできたと思うのですが?」
「本多さんは問題ないよ。ずっと第二秘書として松田さんの補佐をしていたから、第一秘書になっても内部とも外部ともうまくやってくれている。最後の最後まで、部下の教育も含めて松田さんはきちんと勤め上げてくれた。そこは感謝する」
にこやかに瑞樹が本多のことを褒めた。ついでに、三琴のことも。ここから、三琴が抜けてもこの副社長前室は充分に機能しているとわかる。
「でしたら、他に何か取りこぼした事項が出てきましたか? 私のほうでは、思い当たるものがないのですが……」
「確認したいことは、それじゃない。私が訊きたいのは、松田さん自身について、だよ」