その涙が、やさしい雨に変わるまで
秘書時代の癖が抜けていない三琴は、副社長の号令で歩みが止まる。瑞樹に背中を向けたまま、彼の命令に無条件で従ってしまっていた。
靴底と絨毯が擦れる静かな音がして、瑞樹が三琴の背後に立ったのがわかった。
すぐ後ろに、瑞樹がいる。一度は、将来を誓い合った瑞樹がいる。
緩やかにエアコンが効いていても、至近距離の瑞樹から熱量が伝わってくる。こんなに身近に瑞樹を感じるのは、事故前に「挨拶にいこう」といわれたとき以来。それはもう二年も前のこととなっていた。
温かな瑞樹の体温を受けて、三琴は胸の底がじんとする。柔らかな温かさに体が包まれるこの感覚が懐かしい。涙がこみ上げてきそうになる。感情のうねりが理性の閾値を越えようとした。
でもそれは、瑞樹の冷徹な声と辛辣なセリフで一度に醒めた。
「兄のことだけじゃない。受付部門に異動となってから、松田さんは随分と浮かれているように見受けられる。カレシなり結婚相手なりを我が社から見つけることに文句はいわないが、業務中は節度を持ってほしい」
「え?」
脩也との疑惑が取れても、別の苦情が三琴に浴びせられた。そのいい方では、三琴がグランドフロアで男漁りをしているようにきこえるではないか!
三琴にすれば、男性社員の気を引くようなことをした覚えはない。
脩也のことだって、彼のことを三琴はそんな目でみたことはない。あくまでも瑞樹の兄で、かつての未来の家族になる予定だった人である。脩也のほうだって、弟の記憶喪失によって水面下で婚約破棄となった三琴に同情をしただけ。
なのに、三琴の想いは空回りしていただけだった。
靴底と絨毯が擦れる静かな音がして、瑞樹が三琴の背後に立ったのがわかった。
すぐ後ろに、瑞樹がいる。一度は、将来を誓い合った瑞樹がいる。
緩やかにエアコンが効いていても、至近距離の瑞樹から熱量が伝わってくる。こんなに身近に瑞樹を感じるのは、事故前に「挨拶にいこう」といわれたとき以来。それはもう二年も前のこととなっていた。
温かな瑞樹の体温を受けて、三琴は胸の底がじんとする。柔らかな温かさに体が包まれるこの感覚が懐かしい。涙がこみ上げてきそうになる。感情のうねりが理性の閾値を越えようとした。
でもそれは、瑞樹の冷徹な声と辛辣なセリフで一度に醒めた。
「兄のことだけじゃない。受付部門に異動となってから、松田さんは随分と浮かれているように見受けられる。カレシなり結婚相手なりを我が社から見つけることに文句はいわないが、業務中は節度を持ってほしい」
「え?」
脩也との疑惑が取れても、別の苦情が三琴に浴びせられた。そのいい方では、三琴がグランドフロアで男漁りをしているようにきこえるではないか!
三琴にすれば、男性社員の気を引くようなことをした覚えはない。
脩也のことだって、彼のことを三琴はそんな目でみたことはない。あくまでも瑞樹の兄で、かつての未来の家族になる予定だった人である。脩也のほうだって、弟の記憶喪失によって水面下で婚約破棄となった三琴に同情をしただけ。
なのに、三琴の想いは空回りしていただけだった。