その涙が、やさしい雨に変わるまで
 三琴はさっきまで、誰もが不利にならない理由を一生懸命に考えていた。だが、そんなふうに非難されると馬鹿らしくなってくる。
 退職後のことも労いからではない、秘書職から外れた三琴が自由になりすぎて社員に悪影響を及ぼしていると警戒してのことだった。
 身に覚えのないことを指摘されて、正真正銘、三琴は言葉が見つからなくなった。

(何で……こうなっちゃうんだろ?)
(脩也さんのことはこじ付け感があるとしても、受付業務のことはカウンターで営業スマイルを浮かべていただけよ)
(それを、社員を誘惑しているなんて……)

 労いだと喜んださっきの自分を恨めしく思う。現実はやはり三琴に優しくない。
 その場にふるふると小さく震えて佇む三琴に向って、瑞樹は追い打ちをかけた。

「黙っているところみると、図星のようだな。コネほしさに兄に取り入るような真似はやめてほしい。兄は兄で目標を持っていて、それに向かって努力をしている」
 バラ園でのアルバイトを口実に、脩也に近づくなと瑞樹はいう。
「元秘書ということで、一時的にチヤホヤされているだけだと忠告しておこう。とにかく退職まで社の雰囲気を壊すようなことは絶対にしないでほしい」
 グランドフロアで男性社員と日常会話レベルのやり取りを交わしただけなのだが、瑞樹の目にはそう映っていなかった。

 三琴の中で、何かが切れた。そう、それはぶつりという明瞭な音がきこえてくるくらいに。ありありとわかるものだった。
< 93 / 187 >

この作品をシェア

pagetop