その涙が、やさしい雨に変わるまで
 高度が下がっていくにつれて、不思議と三琴の心が落ち着いてくる。

――瑞樹さん、あなた、何も知らないくせに!

 あれはいいすぎたかなと思う。記憶喪失のことは、彼の責任ではない。
 とにかくあの副社長室前室は、思い出が詰まりすぎている。気を許して感情的になってしまった。
 もし瑞樹の確認事項が三琴の不品行な振る舞いについてでなかったら、別の惜別の念に飲み込まれて彼の前で泣いてしまっていたかもしれない。

(あれでいいんだよ!)
(図々しくも、上司に向ってあんな口答えした。ああやって、印象が悪くなったほうが、すっきり忘れられる)
(ああ~、それにしても……転職、マジで考えないと)

 もしかしたら、いやもしかしなくても最悪の別れ方をしたあとで、瑞樹のことで落ち込む三琴がいれば、吹っ切れた三琴もいる。
 いざ、ロッカールームで私服に着替える最中に三琴は気がついた。

(あ、菱刈さんにメールしないと)
(まだこの時間だと、すごく遅いってわけではないし。明日に回すほうが迷惑になる)
(菱刈さん、忙しいから、確認に何時間もかけるとも思えないし、ね)

 着替え終わって、あらためてスマートフォンを取り出した。ちかちかとLEDが点滅している。通知が届いていた。
 ショッピングサイトのクーポンメールか何かだろうと思ったら、副社長室前室での噂の人物、脩也からだった。

 またもや予定外のことが起こる。
 予定外のことは、起こるときはいつだって不意打ちで、かつ重なるものだ。

(すごい偶然……今、打ち上げやっているんだ)

 場所が決まったら連絡するよといっていたのに、メール内容は討論会はいま半分終わったところで、三琴に出ておいでというもの。
 現段階で半分終了しているのなら、三琴が合流したときにはただの飲み会になっているだろう。撮影会のノリとあのメンバーなら、あり得ることである。

(この場合は……)
(どっちを先に済ませるのが、正解かしら?)

 三琴はこの数時間のうちに降ってわいたダブルブッキングに少し悩む。
 少し悩んで、まずは脩也へ『撮影会打ち上げ討論会の案内』の返信をした。
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