その涙が、やさしい雨に変わるまで
 脩也の中の三琴の評価は、有能で自分のスタッフと穏やかに接することができる好人物となっていた。
 近い将来仕事を辞めることが決まっていて、でも次の職場が決まっていない。となれば、できる三琴に求人の声がかかるのは自然なこと。
 よくよくきけば、脩也の言い分はこうだった。

――秘書がヘッドハンティングでもなく結婚でもなく退職するとなると、社内関係のトラブルと思われるだろうな。松田ちゃんは女性で役員秘書だから、下種な勘繰りをする輩が絶対出てくる。狭くない業界であれば、彼女のことはすぐに噂になるだろう。
――だから、彼女は絶対転職がうまくいかないと思う。まだまだ日本では雇用流動がスムーズでないから、彼女の場合はキャリアダウンになると思う。
――あの能力を低賃金労働に委ねるなんてことは、もったいない。だから一度遠い所へ出て、姿をくらますのがいいと思うんだ。

 姿をくらますとはどういうことかと尋ねたら、三琴の就業場所としてシカゴはどうかなという。脩也なりに考えて三琴の心配をし、再就職先は日本でなく海外の自分のところが無難だと力説する。
 
――この秋から拠点をニューヨークからシカゴに移すんだけど、そこのスタッフにお願いしたい。今回は日本事務所とのやり取りできるスタッフ探しも兼ねて帰国していたんだけど、まさか松田ちゃんがフリーになっていたなんて、ラッキーだった。もう松田ちゃんなら、安心して任せられる。

 三琴は、国内だけでなくグループ会社の海外現地との間も調整を行っている。原則英語でのコミュニケーションになるのだが、脩也が構える新事務所がシカゴなら英語圏で問題ない。全然知らない赤の他人よりも弟の部下である三琴の存在は、脩也の目には輝いてみえたに違いない。

――瑞樹? きいているか?

 三琴の退職後のことが自分の知らないところでどんどん進んでいる――いつしか瑞樹は相づちを忘れ無言になっていた。

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