その涙が、やさしい雨に変わるまで
 兄の本気に瑞樹は、驚きを通り越して警戒する。丁寧な事前準備は、裏を返せばそれだけ三琴獲得に力が入っているということ。

――もしもし、瑞樹? きいているか?
 またもや瑞樹は無言となっていた。

「あ、ああ。正直なところ、彼女の辞職後が気になっていたから、助かるよ」
 慌てて、上司の顔をして瑞樹はそう返した。

――そうか。まぁ、松田ちゃんが受けてくれるかどうかはわからないけれど、こちらとしては大事にするよ(・・・・・・)。認めてくれてありがとう、瑞樹。

 最後に、まるで三琴を嫁に取るかのようなセリフを脩也は吐いた。一度に瑞樹は、自分が三琴の親とか兄妹とかになった気分になる。
 大事にするといわれても、どこか腹立たしいのは気のせいか?
 この感情に、瑞樹は悩む。ずっと自分のそばにいて支え続けてくれるものだと信じていた腹心の部下が、辞職したいと申し出たときと同じ衝撃があった。

 三琴は次のステージに進もうとしている。自分を残したままで。
 この電話が切れたあとに、現状維持しかできていない自分を瑞樹は見つけてしまったのだった。

 ††


 予想以上に三琴と兄の距離が近くて、イライラする。
 兄からの電話をもらってから数日の間、業務に集中しようにも完全に集中できない瑞樹がいた。
 ちょうど本多が計画年休を入れてあったのを幸いに、瑞樹は三琴とのふたりだけの時間をひねり出すことができた。不可解な感情に向かうべく瑞樹は三琴を業務終了後に呼び出したのだった。
 
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