ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

「できるよ、ほたるなら」

 ほたるは梨花ちゃんたちのグループに加わった。

 桜井さんは鋭い猫目で「そーなんだぁ」と言ったけど、それだけだった。さなえちゃん効果は絶大だ。でも……怖かったぁ。

 一学期の間に、グループ活動が三回あった。担任の堺先生は体育会系の大雑把な先生で、グループ決めはいつも自由。毎回残る橘さんにも気をつかわない。

「ほら、また橘さんが余ってるぞ。どっか入れてやれ。グループは二人でも十人でもいいんだぞー」
 デリカシーなく大声で言う。
 その名前の部分が自分だったかもしれないと思うと、お腹の下あたりがひゅんとする。ほたるはももちゃんに心底感謝した。
 一方で、一人ぼっちの橘さんをそのままにしている自分にモヤモヤした。

 梨花ちゃんも杏ちゃんも林檎ちゃんもすごくいい子だけど、桜井さんに目をつけられないように過剰に控えめだった。だから橘さんとは極力関わらないようにしていた。
 無理やり仲間に入れてもらっている身分のほたるは、橘さんが余っていてもグループに引き入れられない。

(来週、また課外活動があるんだよね)
 次のグループ決めを思うと、楽しいはずの課外活動で気分が落ち込む。

 モヤモヤモヤ。

「ていっ」
 とぼとぼ下校していたら、後頭部を叩かれた。振り返ったほたるに「よ」と篤が笑う。
 あぜ道のすぐ近くで、グルルルルっと、変わった鳴き声のカエルが鳴いた。

「篤の家はあっちでしょーが」
「だから、田んぼがないと死んじゃうんだって、オレ」

「あんたは、カエルか」
「で?」

「?」
「何悩んでんの?」

「な、なんで悩んでるって思うの?」
「違うの?」 
 ほたるをマジマジと見つめる篤に「違わない」と、小さく呟くと「さあ、お兄ちゃんに相談してごらん」と、篤がニヤリとする。

 10日しか誕生日が違わない篤だけど、最近、めきめき背が伸びてそれこそ兄妹みたいに身長差が開いている。顔つきも、男子特有の骨ばったかっこよさが増していた。

「うちのクラスに橘さんって子がいるんだけど」
「ああ、シュウが好きな子?」

「え、そうなの?」
「……大地も可愛いっつってた」
 篤が何故か困ったような顔をする。その表情を見ていたら「橘さん、男子に人気あるんだねー。綺麗だもんねー」と、つい、口が尖る。

 さっきまでのモヤモヤとはまた違ったもやもや。男子に人気の橘さん。篤も、男子。
「何怒ってんの?」
「……別に怒ってないし」 
って、今はそこじゃないと気を取り直す。
 ほたるは、これまでの橘さんの様子とグループ決めについて説明した。

「ふうん」
 篤は気のない返事をして「あ、トノサマバッタ」としゃがみ込んだ。篤の手をかいくぐり、太くて硬そうなバッタが逃げていく。

「バッタなんかいいから解決策考えてよ」
「ほたるがしたいようにしたらいいじゃん」
「はぁ?」
 人に悩みを聞いておいて、なんじゃそりゃ。

「あのねぇ、女子の世界はそんな単純じゃないの。一歩間違えると、あたしがぼっちになるかもしれないんだよ」
「ならないよ」

「なんでそう言い切れるのよ」
「だって、少なくともオレはほたるの友達だろ? それに笹塚さなえも、萩原ももも、ほたるの友達じゃん。ぼっちじゃないじゃん」

「でもみんなクラス違うもん。来年の修学旅行もクラスごとにグループ作るんだよ」
「ならさ、ほたるがぼっちになったら、休み時間毎日笹塚たち連れて遊びに行ってやるよ。修学旅行心配なら、オレが生徒会に入って、修学旅行はクラスごちゃまぜでグループ作れるように働きかけるよ」

「再来週の課外活動は?」
「それは……なんとかするけど、考えるからもうちょい時間ちょうだい」と、篤が手を合わせた。

「……っぷ。修学旅行クラスごちゃまぜって」
 突拍子もない提案に、ちょっと笑えてきた。絶対不可能だけど。

(やるだけやってみようかな)
 もし篤が一組だったら、絶対に一人ぼっちの橘さんに手を差し伸べている。もしかしたら篤は別のクラスにいながら橘さんのことを心配していたのかも。

 そうだったら、ちょっとヤダな。と思いつつ、ほたるは大きく頷いた。

「あたしにできるかどうかわかんないけど、やってみる」
 篤は「おう」と言って、ほたるの頭をぽんぽん叩く。

「できるよ、ほたるなら」
 満面の笑みの篤のほっぺたには、やっぱりえくぼ。胸が、とくん、と鳴った。
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