ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

ひいじいじと幻田んぼアート その2

 ひいじいじがいなくなったというのに、家族はすぐに慌ただしい日常に戻っていった。ほたるだけを取り残して。

「あら、まだ微熱下がらないわね。でも37℃だったら、学校行けなくもないけど」
 困ったような顔のほたるの母からは、これ以上休んだら成績に影響するわよ、と心の声が漏れている。

「休む」
 ふう、とため息を吐いて「あったかくしなさいよ」とほたるの母は部屋を出て行った。

「微熱の原因は心的なものかもしれない」と小児科の先生に言われたせいで、ほたるの母はほたるをどう扱うべきか迷っていた。おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんも、ほたるに気を遣っている。ひいじいじならそんなことしないのに。

 ひいじいじは役目が終わったと言った。
 でもそんなこと全然ない。
 あたしにはひいじいじが必要なのに。
 また、涙がジワリと滲んで、掛け布団を頭まで引き上げて目を閉じたら、すうっと、意識が遠のいた。


 夢の中で、夕焼け空に沢山のアカトンボが舞っていた。
 大きな夕日も澄んだ空気も、ほたるの知っているものよりはるかに清らかで気持ち良い。アカトンボたちも自由気ままに、楽しそうに泳いでいる。

 遠くに深緑色の山が見えた。見たことがあるようで、全然知らない、それでいてなんとなく懐かしい山。
 スーッと真っ黒いトンボが一匹、山に向かって飛んでいく。
 いつの間にか黒トンボの隣には薄い橙色の小さなトンボが寄り添って、二匹はじゃれ合うようにくるりと円を描きながら、仲睦まじく彼方へと去って行った。

「待って、ひいじいじ~!」
 ばさり、と、ほたるは布団から起き上がった。

「ひいじいじ……」
 目が覚めたら、まだ朝だった。短い夢から覚めた途端、また泣けてきた。
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