ようこそ、むし屋へ    ~深山ほたるの初恋物語編~

ひいじいじと幻田んぼアート その4

 翌日、学校へ行くと、紗良は涙を浮かべて熱烈なハグをしてきた。

「おかえり、ほたるちゃん」
 みんなに注目されているのに全然気づかない。これが紗良だった、と、なんか懐かしかった。
 苦笑と照れをまぜこぜに「ただいま」と言った。

 休み時間、ももちゃんとさなえちゃんが「おかえりー」とやってきた。

 下校時刻が訪れて、いつものあぜ道では「よっ」と、篤が待ち受けていた。

「具合は?」
「もう大丈夫」
「そっか」と、篤が笑う。

 あぜ道の田んぼは、どこもかしこも黄金色のちょんまげ畑になっていた。
 アカトンボも数がぐんと減り、季節は秋から冬へ速度を上げる。下校時刻は少し肌寒い。 

 カーディガンじゃなく、ジャンバーにするべきだったと思った時、篤が自分のジャンバーを脱いで、ランドセルの上からほたるにかぶせた。

「いいよ、篤が風邪ひくじゃん」
「オレ、暑がりだから。ほら、手、熱いっしょ」

「ちょ!」
「ほたるの手、冷たくて気持ちいい~」
「……」
 顔が、、、熱すぎる。

 耕作さんの田んぼも、やっぱり、ただのちょんまげ畑になっていた。
 ほたるの残念顔に「お百姓さんの大事な米っすから、刈り取らねぇと」と、篤がふざける。
 それから、急にくくっと笑いだした。

「何笑ってるの?」
「いや、橘さんって面白い子だなぁって」

「……紗良?」
「ほたるが休んで三日目くらいだったかな。橘さんがすげぇ怖い顔して、下駄箱でオレを待ち伏せてんだよ。オレ、なんかしたっけって思ってたら『ほたるちゃんを助けてくださいっ』っていきなり頭下げられてさ。みんな見てるし、マジ焦った。ほたるを元気にしたいけど、自分ではどうしたらいいかわからないから、オレらに協力して欲しいって必死で頼まれてさ。とりあえず、笹塚と萩原も呼んだんだけど、萩原が悪乗りして田んぼアートする?って言ったら橘さん張り切りだしちゃって。変わってるよな、橘さん。でも、すごい友達思いで」

「……あたし用事あったんだった、ごめん。ジャンバーありがと」
「え、そうなんだ。じゃなー」
 ジャンバーを突き返して、ほたるはズンズン歩き出した。

 篤が楽しそうに「橘さん」と呼ぶ度、ほたるの胸はズキズキ痛む。苦しい。なんで?
 紗良はいい子なのに。紗良のことが嫌いになりそう。

(あたし、やっぱり篤が好きなんだ)と、改めて思っていた。
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