ようこそ、むし屋へ ~深山ほたるの初恋物語編~
ももちゃんの友情
味もわからないままクッキーの試食が終わり、ぼうっと片づけをしていると「ほたるっち、放課後時間ある?」とももちゃんが近寄ってきた。
「顧問の先生から、部活後に職員室で手伝いして欲しいって言われてるのー。紗良っちは今日ピアノのレッスンでしょ。ほたるっち一緒にできない?」
「うん、大丈夫」
「そっか。それなら、私は先に帰ってるね」
「ごめんねー、紗良っち。明日は一緒に帰ろうねー」とももちゃんが手を合わせた。
片付けを終えた部員たちがわいわい去って行く。
調理室の施錠は部長の役割なので、みんなが帰るまでほたるはぼんやり窓辺の椅子に座って外を眺めていた。
紫色になった空は寒そうで、部活が始まったばかりの頃よりもアカトンボの数も減っている。いなくなったアカトンボたちはどこに行ったんだろう。
篤が好きと言った紗良に、ほたるはつい「応援する」と言ってしまった。篤とは幼馴染でそれ以外の感情はないと言った手前、そう言うしかなかった。
(紗良が篤に告白したらどうしよう)
考えただけで、胸が苦しくなる。
「おまたせ! 帰ろっか」とももちゃんが言った。
「職員室は?」
「嘘に決まってるでしょ。もも様の恋のお悩み相談へようこそ。暗くなるし、話は帰りながらしよっか」と、ももちゃんがウィンクして、歩き出した。
「に、しても、紗良っち、さすがに不意打ちだったよねー。でも、ほたるっちも本当は紗良っちの気持ち知ってて、知らんぷりしてたでしょー」
こくり、と、ほたるは正直に頷いた。
知っていた。
だから、わざと篤と仲がいいことを見せつけて紗良を牽制していたのだ。自分では告白する勇気がなかったから。
篤は女子に人気だけど、顔が可愛いだけで付き合うほど軽薄じゃない。あとは、紗良さえアクションを起こさなければ、ほたるのポジションは揺るがないと、打算があった。
「とにかく、ほたるっちの本当の気持ちを紗良っちに伝えて、正々堂々戦いなよ。紗良っちはあれで、行動力ある子だよー」
「……知ってる」
紗良はやると決めたらやる子だ。篤と同じで。ほたると違って、紗良はいい子で、綺麗で、頭も運動神経もよくて、将来の夢もあって。
バシンと、ももちゃんがほたるの背中を叩いた。
「あのね、ほたるっち。確かに紗良っちは可愛い。むっちゃ可愛い。頭もいいし、運動神経もいいし、おまけに性格もいいよ。ど天然だけど、そこも含めて男子は萌え萌えする。はっきり言って最強だよ……最強だな」
「ももちゃ~ん、これ以上あたしの心をえぐらないでぇ」
「でもさ、一つだけ、紗良っちよりほたるっちが勝っているところがあるんだよね」
「ど、どこ?」
藁をもすがる思いで尋ねる。
「年月」
「はい?」
「だからぁ、ほたるっちは篤君の幼馴染みで、紗良っちより一緒に過ごした時間が長いでしょ? しかも篤ママとも仲良し。『母親同士のつながりが、幼馴染みの強み』と、かの有名なお方もおっしゃっていた」
「かの有名なって、さなえちゃんじゃん」
「あのお方は、恋愛に興味なさそうな顔して、さっくり彼氏作っちゃう恋愛のカリスマですわよ」
「確かに……」
「でしょー。だから、頑張れほたるっち。玉砕したら、あたしが慰めてあげるから」
「フラれる前提?」
「人の不幸は蜜の味」
むふふと笑うももちゃんに「ありがとう。なんか元気出た」と、ほたるも笑った。
「あたしはほたるっちも紗良っちも好きだから、どっちの味方もしたいし、どっちの応援もしたい。だから恋のライバル宣言して、正々堂々と篤君の愛をかけてドロドロしなよ。あたしは、その泥沼愛憎劇から新作お菓子のインスピレーションをもらうのだ」
ももちゃんはにたりと悪そうに笑ったのだった。
「顧問の先生から、部活後に職員室で手伝いして欲しいって言われてるのー。紗良っちは今日ピアノのレッスンでしょ。ほたるっち一緒にできない?」
「うん、大丈夫」
「そっか。それなら、私は先に帰ってるね」
「ごめんねー、紗良っち。明日は一緒に帰ろうねー」とももちゃんが手を合わせた。
片付けを終えた部員たちがわいわい去って行く。
調理室の施錠は部長の役割なので、みんなが帰るまでほたるはぼんやり窓辺の椅子に座って外を眺めていた。
紫色になった空は寒そうで、部活が始まったばかりの頃よりもアカトンボの数も減っている。いなくなったアカトンボたちはどこに行ったんだろう。
篤が好きと言った紗良に、ほたるはつい「応援する」と言ってしまった。篤とは幼馴染でそれ以外の感情はないと言った手前、そう言うしかなかった。
(紗良が篤に告白したらどうしよう)
考えただけで、胸が苦しくなる。
「おまたせ! 帰ろっか」とももちゃんが言った。
「職員室は?」
「嘘に決まってるでしょ。もも様の恋のお悩み相談へようこそ。暗くなるし、話は帰りながらしよっか」と、ももちゃんがウィンクして、歩き出した。
「に、しても、紗良っち、さすがに不意打ちだったよねー。でも、ほたるっちも本当は紗良っちの気持ち知ってて、知らんぷりしてたでしょー」
こくり、と、ほたるは正直に頷いた。
知っていた。
だから、わざと篤と仲がいいことを見せつけて紗良を牽制していたのだ。自分では告白する勇気がなかったから。
篤は女子に人気だけど、顔が可愛いだけで付き合うほど軽薄じゃない。あとは、紗良さえアクションを起こさなければ、ほたるのポジションは揺るがないと、打算があった。
「とにかく、ほたるっちの本当の気持ちを紗良っちに伝えて、正々堂々戦いなよ。紗良っちはあれで、行動力ある子だよー」
「……知ってる」
紗良はやると決めたらやる子だ。篤と同じで。ほたると違って、紗良はいい子で、綺麗で、頭も運動神経もよくて、将来の夢もあって。
バシンと、ももちゃんがほたるの背中を叩いた。
「あのね、ほたるっち。確かに紗良っちは可愛い。むっちゃ可愛い。頭もいいし、運動神経もいいし、おまけに性格もいいよ。ど天然だけど、そこも含めて男子は萌え萌えする。はっきり言って最強だよ……最強だな」
「ももちゃ~ん、これ以上あたしの心をえぐらないでぇ」
「でもさ、一つだけ、紗良っちよりほたるっちが勝っているところがあるんだよね」
「ど、どこ?」
藁をもすがる思いで尋ねる。
「年月」
「はい?」
「だからぁ、ほたるっちは篤君の幼馴染みで、紗良っちより一緒に過ごした時間が長いでしょ? しかも篤ママとも仲良し。『母親同士のつながりが、幼馴染みの強み』と、かの有名なお方もおっしゃっていた」
「かの有名なって、さなえちゃんじゃん」
「あのお方は、恋愛に興味なさそうな顔して、さっくり彼氏作っちゃう恋愛のカリスマですわよ」
「確かに……」
「でしょー。だから、頑張れほたるっち。玉砕したら、あたしが慰めてあげるから」
「フラれる前提?」
「人の不幸は蜜の味」
むふふと笑うももちゃんに「ありがとう。なんか元気出た」と、ほたるも笑った。
「あたしはほたるっちも紗良っちも好きだから、どっちの味方もしたいし、どっちの応援もしたい。だから恋のライバル宣言して、正々堂々と篤君の愛をかけてドロドロしなよ。あたしは、その泥沼愛憎劇から新作お菓子のインスピレーションをもらうのだ」
ももちゃんはにたりと悪そうに笑ったのだった。